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<   2017年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

鈴懸の径

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 コデマリの花影で犬待ち顔のドンである。近所に住むガールフレンド、同じプードルのチョコちゃんが夕方の散歩で通るのを待ちわびている。やがて彼女がくると、お互いに顔を寄せあって何事かを語り合う。そのうちになぜかチョコちゃんが歯をむきだしてドンを威嚇、飼い主さんにひかれてすたすたと去っていく。春の夕まぐれに毎日くりかえされる風景である。コデマリの花影に取りのこされたドンのつぶやきが聞こえる。女心はわからん。それはOpaにもわからん。さてコデマリ、その別名がスズカケであると、ウィキペディアで初めて知った。鈴木章治のジャズクラリネットで聴く、あの鈴懸の径のスズカケである。まさか我が家に古くからある花だとは知らなかった。もとの曲は3拍子のワルツ、戦中の昭和17年に生まれた歌謡曲であるが、歌に戦時色はない。作曲者の母校、立教大学のキャンパスに、楽想を得たという鈴懸の径が現存、歌碑もあるそうだ。友と語らん鈴懸の径、通い慣れたる学舎の街、やさしの小鈴、葉影に鳴れば、夢は帰るよ鈴懸の径。学業、志なかばで戦場に送られた学徒動員の若者たちに愛唱されたという。
by mizzo301 | 2017-04-27 22:58 | エッセイ | Comments(0)

モッコウバラの咲く季節

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 ガレージの屋根にモッコウバラが咲き始めた。この花を見ると連れあいが逝き、ドンの首っ玉を抱いてうずくまっていたいく日かがよみがえる。これではいけないという自覚がありながら、身も心も重く沈んでうごけない日々であった。さすがにいつまでもそうはしておれない。ようやく空元気を得て立ち上がり、気分転換のためにと、2階の寝室を階下に移し、キチンのガスコンロを買い換え、ドンと車で近郊をめぐり、新しいフライパンを買い、カラオケの装置を手に入れ、秋には船旅にも出た。こっけいなほどにじたばたした。だがそんなことで心底いやされることはないのだとわかった時、不思議と気持ちが落ち着いた。待つほかないというさとりを得た気がした。あれから六年、過ぎゆく光陰にいやされてなお、毎年おとずれる感傷の季節である。
by mizzo301 | 2017-04-20 17:38 | エッセイ | Comments(0)

非情城市いずこ

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 九份の街は、戦後の台湾をおそった苦難を淡々と描いた映画、非情城市の舞台である。作中、料理店を営む一族が、店の前で記念写真をとる場面があった。Opaの脳裏に染みついたその場所が、今はどんなたたずまいなのかを見たかった。着いたのは夕暮れ時、狭い坂道と階段の街を無数の紅灯がいろどるころ合いである。ところが予想以上の人の波に押し流されるばかり、ついにはある階段の通りでその流れもぴたりと止まり、さらにうしろから人が押し寄せる。前方の様子がかいもくわからない不安、一抹の恐怖すらおぼえる。立錐の余地もない人いきれの中で、杖にすがるOpaの足腰に限界が近づく。もうロケ地見学どころではない。這々の体で人をかきわけ、引き返す。いさぎよくOpa一族退却である。ようやくひどい人混みをぬけ出して、ちょうど目の前にあった古めかしい茶館に入る。外の喧噪をよそに、落ち着いたその店内の雰囲気には心底ほっとした。眼下に港の夜景を見はるかすテラスに腰をおろし、店の人にすすめられた烏龍茶はうまかった。おかげで目的半ばとはいえ、心おだやかに車上の人となり、この後の晩餐のメニューや酒をあれこれ思いながら台北へと向かうのだった。
by mizzo301 | 2017-04-14 18:06 | エッセイ | Comments(0)

十份で天灯をあげる

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 台北から車で一時間あまり、願いごとを書いたランタンをとばす天灯上げで知られる町、十份をたずねた。夜空に色とりどりの無数のランタンが浮かぶ幻想的な光景をテレビで見たことがある。来てみれば線路にそってのびる老街に、人があふれている。天灯上げにやって来た観光客である。まだ明るくてテレビの幻想はないが、それでも大賑わい。紙製の熱気球に思い思いの願いを書き、灯をいれて空に放つ。それを鉄道線路の上でやるのだ。時々列車が徐行しながら通る。そのときだけ線路脇にしりぞき、すぐまた線路は人であふれる。町と鉄道で何らかの了解があるのであろう。かたぶつ国、日本ではありえない光景である。Opaも、娘や孫たちがランタンに墨でなにやら書き込んでいる、それを杖にすがって眺めていると、店の人が流ちょうな日本語で、オジイチャン、ドウゾと椅子をすすめてくれた。Opaも流ちょうな台湾語でシェーシェーとこたえて、自分の健康と長寿が、異国の山並みにふわふわと飛び去るのを見送ったのだった。
by mizzo301 | 2017-04-10 22:51 | エッセイ | Comments(1)

台北は美味しい

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 この台北行でOpaの注文はみっつ。ひとつ、歩くのは絶対にいやだ、ふたつ、必ずうまい酒とうまいものを食わせろ、みっつ、但し小籠包の有名店、鼎泰豊は落ち着かないからいやだ、である。連れて行ってやろうというのに、わがままなじじいである。娘夫妻はかげでは罵りながらも、早くからガイドブックおよびインターネットで旅情報を検討、どの店がうまいか精査してくれたらしい。熟読でぐしゃぐしゃのガイドブックを片手に、Opaをタクシーに押しこんで案内されたどの店もうまかった。小籠包ばかりでなく、肉料理や野菜の点心がみんなうまい。なかでも最初の店で食った、茶の入った小籠包はめずらしいと思った。箸でレンゲにとってつぶすと、グリーンのスープからかすかにお茶がにおって、食べるとお茶の味がする、うまし。てなことで、三泊の滞在中は飲茶の店三軒をめぐり、有名店のひしめく台北駅のフードコートを何度もおとずれ、夜市では牡蠣の鉄板焼きでビールをあおり、ホテルの豪華なバイキングを毎朝たいらげ、食は台北にありを実感して、7人のぶたは帰国したのだった。
by mizzo301 | 2017-04-05 17:45 | エッセイ | Comments(4)

ニーハオ台北

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 携帯用の椅子と杖をたよりに、台北をおとずれた。三月の末のことである。老Opaをよろこばせてやろうという娘たちの誘いである。うれしいではないか。姉むすめ夫婦と大きな孫ふたり、Opaの五人がやがやと飛行機に乗り込む。妹むすめ夫婦も別便でおくれてくることになっている。総勢7人現地集合である。台北は近い。機内食のお昼ご飯にワインを一杯、オシッコ一回の距離である。うつらうつらしていると、今さら眠るなとばかりにどっすんと着陸した。もはや小籠包は近い。
by mizzo301 | 2017-04-04 23:49 | エッセイ | Comments(0)