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<   2017年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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 しぐれにあったままの傘を干そうと、傘立ての壷からひき抜いた。開く前の傘になにやら黒く小さなものがうごめく。蜘蛛である。ほそい脚、背中にくっきりと赤いマークがある。初対面ですぐにわかった。セアカゴケグモである。ひと頃はさわがれて、新聞やテレビでもその画像を何度も見ていたそのままである。石づきをトンとつくと簡単に地面に落ちた。寒さのせいか動きはにぶい。どっちに逃げたものか思案している。おそるおそるそれを火ばさみにはさんで、どうしたものかとOpaも思案する。その間にはさみ続けられた蜘蛛は落命、地面においても身じろぎもしない。とっさに足下の下水管に通じる排水管のふたを開き、流し込んだ。そこへ通りがかったのが、自治会の役員さんでもあるご近所の奥様。火ばさみをもって突っ立ているOpaに、何をなさってますのとおっしゃる。ただ今セアカゴケグモ一尾、下水管に水葬いたしました。えっ、それは困ります。その蜘蛛については報告しなければいけません。なにっ報告、いったいどこへ?ケイサツ?ゼイ務署?思いがけぬ蜘蛛との出会いにうろたえて、不覚にも写真をとらなかった。これでは証拠がない。もっといるかもしれないと、壷のそこをさぐった。水受け皿に不規則な蜘蛛の巣、白い小さなマーブルがひとつ、これはネットで見た蜘蛛の卵嚢である。それに胴体はなく脚だけをからめたような蜘蛛の死骸がひとつある。蜘蛛は雌が雄を食うという。さてはOpaが水葬にした蜘蛛は、夫殺しの妖婦であったかもしれない。はたしてケイサツに届けるべきだったのか。
by mizzo301 | 2017-01-31 22:58 | エッセイ | Comments(0)

早春のたより

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 ドンと散歩に出る。大寒の朝である。空は晴れて風もない、おだやかな日よりである。午後から大荒れと天気予報はいうがほんとかな。およそ30分で犬と散歩する数人のご近所さんに出会う。みなさんが、寒いですねえとおっしゃる。ほんとに寒いですねとOpaも応じる。実はOpaちっとも寒くない。でも寒くないなどと応えると、へんくつなじじいと思われそうなので、通常は相手にあわせることにしている。子どものころ、冬はもっと寒かった。通学路には霜柱が立ち、手の指や甲はしもやけで赤くはれ、冷気で耳がちぎれそうであった。なのに今ではちっとも寒くない。気候温暖化のせいでOpaだけがあたたかいはずはない。きっとあまりに歳をとりすぎて寒さを感じなくなったのだ。もちろん人並みの防寒着は着ている。裸でも寒くないというわけではない。もっと歳をとるといよいよ感覚がにぶり、真冬に裸もオッケーてことになるのかな。あほうな想念を巡らしながら、ドンとの散歩を終える。椿の花の蜜をもとめて、若いメジロが数羽きている。ふくらみ始めたボケのつぼみは、大寒の朝に届けられた春からの便りかな。
by mizzo301 | 2017-01-20 22:51 | エッセイ | Comments(2)

雪の音

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 夕刻、パラパラとベランダの屋根をたたく軽い音がする。さては雨かと思って外を見ると、小粒の真っ白いものが裏庭に舞っている。音もなく降るはずの小雪が棕櫚竹の葉をたたいている。あられ? だが庭に降りしきるその白さはまさしく雪である。美しい。まれに見る光景にOpaは見とれてしまった。明けて日曜の朝、テレビがしきりに雪情報を伝えている。大阪でも北の方はかなりの積雪だという。ところがここ泉州では、昨夜の小雪ちゃんが申しわけ程度にあたりをうっすら白くそめているだけ。それも薄日のさす昼前にはすっかり乾いてしまった。何年か前の雪の日、子どもたちばかりかそのパパたちまでもが、雪だるまにはしゃいでいたのを思い出す。期待はずれのちょっと残念な雪の朝ではあった。
by mizzo301 | 2017-01-19 17:34 | エッセイ | Comments(0)

前へならえ

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 ふと外を見ると、洗濯物が前へならえをしている。この冬一番の冷たい風が号令をかけたらしい。寝汗をよくかくものだから、Opaはパジャマを毎朝洗濯する。というても、洗濯機に洗剤をいれてスイッチを押すだけ。ドンの散歩を終える頃には仕上がっている。洗濯で人の仕事は干すことだけである。むかしは今朝のような寒い朝も、母が屋外にしゃがみこんで、たらいと洗濯板で洗っていた。戦後何年かがすぎたある日、父が当時は珍しかった洗濯機なるものを持ち帰ってきた。円筒形の本体の上に絞り器のローラーがあった。いかにも古ぼけた米軍放出の中古品とかである。それでも重労働から解放されるかもしれない母はよろこんだ。Opaら子どもも興味津々、さっそく洗濯物をいれて試運転を始めた。ガックンガックンと機械が衣類をこねまわすのを眺めて、アメリカはすごいと思った。ところが稼働中の本体に手をふれると、ビリビリと電気が走った。これでは感電覚悟の洗濯である。電気がこわい母は、洗濯開始と終了時にコンセントを抜き差しして慎重に洗濯をしていた。それでも何度か感電の憂き目にあったらしく、母は怖い怖いと父にいえぬ不平を子どもにこぼしていた。それからの顛末は記憶にないが、いつのまにか母はふたたびたらいにしゃがみ込んで、ニッポンの洗濯女にもどったのでありました。
by mizzo301 | 2017-01-13 15:11 | エッセイ | Comments(3)