人気ブログランキング |
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2016年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ちいさなミイラに

d0087054_18421033.jpg

 扇風機を納戸にしまう前に分解掃除をした。お役目ごくろうとつぶやきながら、回転軸のキャップをはずす。その瞬間、なにやら小さな異形のものが古新聞の上にぽとりと落ちた。ただのごみかと思ったがそうではない。体調3センチばかりの子どものやもりが、すっかりミイラになっている。虫眼鏡でよく見ると、前肢後肢には4本ずつのゆびが、眼のくぼみには黒い目玉がみえる。今にも歩き出しそうなフォルムで固くなっている。どうして回転軸のキャップの隙間などに入ってしまったのか。せまいところに身を潜めてみたい子どものいたずら心からか、それとも今夏の暑さに耐えかねて、扇風機に涼を求めたのだろうか。今となっては聞き出すすべもない。おそらくそのうちに出るつもりが、Opaがスイッチを入れたものだから、突然世界が急速に回転して、振り落とされまいとしがみつく。眼がまわって失神、気がつくとまた回る。その繰り返しではなかったか。恐怖と精神の苦痛はいかばかりであったろう。夏中回転して彼は餓死した、とOpaは推量する。もしその通りなら、知らぬこととはいえ、子どものやもりの死にOpaはずいぶん残酷な手をかしてしまったことになる。
by mizzo301 | 2016-10-27 18:44 | エッセイ | Comments(2)

でんでん虫

d0087054_092326.jpg

 裏手のブロック塀に、雨が降るとカタツムリがひとつあらわれる。むかしはあたりまえに見られたものだが、いまではなぜかめったにお目にかかれない。終戦に近い幼時の思い出がある。母の実家に大好きな叔父がいた。お泊まりの夜はいつもその人のふとんにもぐり込んでねむった。叔父はふとんで腹ばいになって、必ずたばこを一服すう。阪急百貨店をかたどった灰皿が枕元にあった。吸い終わると、絵柄の布シェードの電気スタンドのひもをパチリとひいて明かりを消し、お休みといってくれた。その叔父の出征の日がきて、梅田まで家族で見送った。阪急電車のターミナルの大屋根にいなずまがとどろく日であった。はげしい雷雨の音にまけじと、バンザイを叫ぶ声がこだましていた。叔父ちゃんに会えなくなるんよと母がささやいた。ところがそれからほどなく叔父は帰還した。いまだ戦時であったが、健康に問題があって入隊免除となったそうである。小さなOpaはまた叔父のふとんにもぐり込んだが、前とちがう人のそばにいるような妙な気分であった。目覚めると雨が降っていた。ぬれ縁でだまってたばこをふかす叔父の横で、納戸の戸袋にカタツムリがいくつもはい上がるのを、ぼんやりとながめた朝を、夢のように思い出す。
by mizzo301 | 2016-10-25 23:29 | エッセイ | Comments(0)

旅する蝶

d0087054_1937693.jpg

 秋日和のいちにち、ドンを連れて妹を訪ねた。着くなり、アサギマダラが来ているからはやくはやくと庭で手招きをする。見ると荒れた庭のフジバカマの花に、青い蝶が群れている。アサギマダラは渡りをする蝶で、上空からこの花を見つけて、毎年一度は飛来するという。髙地ではよく見かけるから、あなたも登山できっと見たはずよと妹はいう。そうかもしれないがOpaに確信はない。渡りの習性がひろくしられて、近年急速に人気が高まっているそうだ。ウィキペディアをひらいてみた。なるほどそこには、蝶の意外な旅の記録がある。マーキング調査という方法で、蝶の翔の色のうすい部分に、マジックで捕獲地、日付、捕獲者を記入して放蝶するのだという。渡りの先々の捕獲者がそれを行うことで、その旅の記録がとれるのである。下呂市から宝塚、函館から下関市などどれも長旅のなかに、2011年の10月に和歌山県で放たれて、83日後に香港で捕獲されたという記録がある。いたいけな蝶がひとり、ひらひらと大陸を目指して大海原をこえていく。この可憐な生き物は、どんなロマンをもとめて海をわたるのか。不思議である。
by mizzo301 | 2016-10-12 19:42 | エッセイ | Comments(0)

坂道から海がみえる

d0087054_1413852.jpg

 海辺にくだる坂道から、書き割りのような家並みの間に海がみえる。貨物船が一隻浮かんでいる。海岸ちかくまでくだると船は一隻ではなく、何十隻も停泊しているのがわかる。台風で荒れる外海をさけて、大阪湾内に避難しているのである。台風の前に見られるいつもの光景である。この地に越して47年になる。いまはすっかり家が建て込んでいるが、もとは広い造成地に数軒ばかりの新興住宅地であった。当時は家のキッチンから海が見晴らせた。台風の前に大きな船がぞくぞく集まる光景がめずらしくて、おどろいたものだった。日曜日の朝は、食卓においた双眼鏡で行き交う船や淡路島を眺めながらトーストをかじりコーヒーを飲んだ。神戸市街から明石海峡まで居ながらにして見渡せた。まるで大阪湾一望の支配者になった気分であった。好天の朝には、風景から伝わるわくわくをおさえきれず、平日だというのに、釣り竿をかついで海へ出勤したことも実はあったのである。
by mizzo301 | 2016-10-05 14:06 | エッセイ | Comments(0)