カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

<   2015年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

秋の贈りもの

d0087054_23535298.jpg

 紀ノ川のほとりに住まうお人から、些細なことで過分のお礼をいただいた。箱の中でひとつずつ緩衝材にくるまれて、つややかにかがやく大粒の柿、シクラメンの可憐なひと鉢、かぼちゃひとつ入りの紙袋などと、まことに痛み入る。柿はOpaの大好物だがひとりでこんなに食べられない。人にあげるのは惜しいがしかたがない。ご近所にけちけちとおすそ分けする。でかいのを手元に数個残してウハウハ。シクラメンはテーブルに飾り、紙袋のカボチャをとりだしてびっくり、これ、ひょうたんちゃいまんの。いんにゃ、こう見えて立派なかぼちゃやそうな。うーむ、紀州はなにごとも奥が深い、かぼちゃはたまに煮て食うがこんな珍しい形のは初めて、急いで食べることはない。しばらくキッチンに飾って嘆賞しよう。それより柿、さっそく皮をむきながらほおばる。種のないひらたね柿、甘い。明日は生ハムを買って柿とあわせよう。久しぶりに白ワインを買おう。ソーセージとチーズも買おう。うまいパンも買おう。胃腸薬も買おう。天高く馬肥ゆる老骨の秋。
[PR]
by mizzo301 | 2015-10-28 23:57 | エッセイ | Comments(0)
d0087054_1753116.jpg

 近代的な千里の街に思いがけず現れる天神さんの鎮守の森、おお、これだけでもはるばる来たかいがある。秋の夕まぐれ、お社はすでに灯明で明るく浮き上がり、祭りの宵を思わせる。ここが奉納演奏会、古澤巌さんのステージである。うっそうと茂る木立に囲まれた境内は、早くからつめかけた聴衆の期待感であふれているのがわかる。社殿まえのステージといえば客席から一段高いだけの露天、反響板一枚すらない。自分の音楽が無限に吸収されてしまう、奏者にはいちばん過酷な条件である。やがて古澤さんの弓が一閃、その力強いボーイングは悪条件などものともしない。自分で機器を操りながらの、伴奏の電子音ともなんの違和感をも感じさせない。最後列のOpaにまで音楽はいっぱいとどく。さすがである。虫の声、遠くにパトカーのサイレン、蚊取り線香の香り、むずかる幼子、それらが古澤さんのバイオリンとあいまって、いつの間にか不思議なリラックス感にしたっている。かつて提唱された環境音楽とは、ほんとうはこういうのをいうのではなかろうかと、ふと考えさせられた一夕であった。その日はそれだけでは終わらない。ブログの取りもつ縁から、思いがけないお電話をくださったminohマダムさにはじめてお会いできたのだ。コンサートよりむしろこちらの方がどきどき、Opaの先週末は、二大イベントの一夜でありました。
[PR]
by mizzo301 | 2015-10-23 17:56 | エッセイ | Comments(2)

はも鮨いただく

d0087054_1744946.jpg

 おとなりから塀越しにはもの鮨をいただいた。うまい、あらかた食ってから写真におさめる。食い意地には勝てない。いま泉州路は秋祭りである。岸和田だんじり祭りのひと月あと、泉南一帯が祭りでにぎあうのはこの季節である。さる年、さる家の祭りの晩餐をいただいたことがある。赤茹でのワタリガニが大皿に盛られ、正月にもまけないごちそうがならぶ。そこで欠かせないのがはもの鮨である。となりの奥方は和泉多奈川の人である。祭りには毎年いても立ってもいられなく、はもの押し鮨をつくってしまうそうだ。このあたりは、大阪湾の新鮮なはもにこと欠かない。ほね切りをしたのが一尾数百円でふんだんにならぶ。それを照り焼きにして、そぼろ状態になるまで包丁できざむ。木の押し型にばらんを敷き、酢飯を入れてその上にはものそぼろを敷きつめる。椎茸、錦糸卵などをのせて押すとできあがり、手間のかかる鮨なのである。おとなりの庭にばらんが茂っている。年いちどのはも鮨のために植えてあるそうだ。泉州人の心意気である。
[PR]
by mizzo301 | 2015-10-13 17:47 | エッセイ | Comments(0)

ドン帰る

d0087054_23473319.jpg

 ドンが帰ってきた。水曜日、六甲での鍼治療のかえりに、いもうと宅へむかえに行き連れてかえった。足腰の痛みははいまだにあやしいが、ドンとは早く暮らしたい。、杖にすがり、痛む脚をだましながらのドンの散歩に限界をおぼえて、いもうとにあずけておよそ十ヶ月になる。その間、いもうと夫妻、めい夫妻、とりわけ中学生と小学生であるいもうとの孫たちは、自分の愛犬のようにかわいがってくれたという。犬ぎらいだったはずのめいの夫も、いつのまにか夕食はドンをとなりに座らせて楽しんでいたらしい。そのせいかドンはひとまわり大きくなった気がする。Opaが迎えに来るというので、前夜は送別会までひらいてくれたそうである。おそらく禁断のごちそうをたらふく食べたらしい。夜中にいもうとを起し、玄関先でおおいにくだしたという。そんな家族からもぎとるように連れかえるのは心苦しいけれど、さあ帰ろうというと、ドンはいそいそとOpaの車に乗り込んだ。ありがとう、じゃあね、いつまでも見送るいもうとがバックミラーの中で小さくなっていく。
[PR]
by mizzo301 | 2015-10-10 23:50 | エッセイ | Comments(2)