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<   2015年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

思いがけない再会

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 退院から二日目は、春の日のふりそそぐ暖かい日曜日であった。朝食のテーブルを片づけてコーヒーを淹れ、Opaは久しぶりに朝刊をひろげてくつろいでいた。突然、だれもいないはずの廊下でドタドタと音がする。いったい何がとおどろく間もなく、リビングの引き戸をかきむしるように引き開けて、飛び込んできた大きな毛のかたまり、ドンである。あっという間にOpaのひざから胸によじ登り、なめまわす。わけわからぬままに、首っ玉をだきしめる。60日ぶりの思いがけない再会である。やおらその時、玄関から妹ののんきそうな声が聞こえてくる。そうか、これはドンに逢いたいOpaの気持ちを思う、彼女の仕組んだアポなしのドッキリだったのだ。まだOpaにドンの世話は無理だろうけれど、ひと目逢わせてやりたいとの思いで、80キロの道のりをひとり車を駆って来てくれたのである。着いてもわざとピンポーンを鳴らさず、玄関のドアからドンを先にそっと入れたのである。自分はこっそりと、ドンとOpaが驚喜するさまをみてやろうという気である。その点では、おそらく彼女の期待にそえたはずである。そして夕方、ドンは再び妹の車にほいっと飛び乗って、見送るOpaに目もくれず、取りすました顔で去って行ったのだった。
by mizzo301 | 2015-03-28 23:11 | エッセイ | Comments(4)

ヒトラーのウイーン

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 病室のテレビをよく見た。大阪の若い警察官の犯した殺人、上司である警察署長が汲汲と語る責任逃れと保身の弁に嫌悪する。善人面でそんな番組を流し続けるテレビを嫌悪する。そんなテレビに見入るOpa自身に嫌悪する。語るということにどんな意味があるのか、希望はあるのか、Opaにはわからない。病室の読書の一冊「ヒトラーのウイーン」にうたれた。大罪のはてに破滅して果てた人に、極悪非道のラベルをはるのはやさしい。一方さめた目で、時には愛のまなざしをそそぎながら、ウイーンでの青年ヒトラーを、さらに故郷での幼少期を追う。人の本質はなにかと考えさせられた。家に帰ると、足腰をかばいながら初冬に植えた花たちが、玄関で笑って迎えてくれる。裏庭の雨戸を開くと、そこにはめじろやひよが来る。金魚たちが餌をねだって水槽を右往左往する。ドンの留守をいいことに、数匹の猫どもも徘徊する。これら無心のものたちの生の本質をOpaは知らない。だがその彼らに、いつもOpaの神経はなだめられ孤独が癒される。
by mizzo301 | 2015-03-21 15:00 | エッセイ | Comments(2)

退院の朝日

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 6時半、汚れた病院の窓ガラスに、山の端に広がる厚い雲間から朝日が射し込む。退院の朝である。娘二人に付き添われ、杖にすがってよたよたと入院してから十日たらず、それが今朝、まがりなりにも二足歩行で退院できる。またしてもOpaは医学に救われた。再生の朝である、などと有頂天になって杖を忘れてはいけない。お世話になったステッキなドンを、忘れずに連れて帰らなきゃ・・
by mizzo301 | 2015-03-20 07:07 | エッセイ | Comments(2)

手術、それから・・

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 執刀の先生が手術後、写真で説明してくださったので、それを写メでとらせてもらった。椎間板に内視鏡を差し込み一部骨切除、神経根を圧迫する黄色靱帯を剥離して取り除き、神経の圧迫を緩和する、簡単にいえばそういうことであるらしい。点滴、尿の管、縫合箇所からはドレーンが伸びて、先には洋なしほどの袋に赤い液が溜まっている。痛さもあって身動きできない。二人組の看護師さんが夜中に三度も来て、補助クッションで姿勢を変えてくれる。二日目、尿の管を抜いてくれる。痛みをがまんして立ち上がり、ドレーンと点滴をつれて小便をためす。ウウウッとうめくほどおしっこの出口が痛い。これは三日ほどで徐々におさまった。三日目、昼までにドレーンを抜く。午後おそく点滴も終わる。身軽になった気分で立ち上がろうとするが、腰が痛くて簡単にはいかない。歩行を試したくて、廊下に出る。たしかに今までの脚の痛みがない。だが左腿と腰に強烈なだるさがあって、四、五歩で歩きは断念。四日目、朝食後そこいら中につかまって廊下に立つ。昨日のだるさと両足にしびれは残るがやはり痛みはない。廊下の端の談話室まで根性の往復をはたす。午後はさらに廊下を曲がり、他病棟の奥まで歩距離を伸ばす。五日目、入浴の許可がまだ出ない。せめて部屋の浴室の湯をくんで身体をふきたい。そこで千円札をにぎりしめ、よたよたとエレベーターに乗り込んで、1階の売店へ洗面器を買いに出かけた。初めてのお使いである。気がつけば左腿のだるさがかなり軽くなっている。腰の痛みは残るが、三日もすれば退院できるという。庭にまだめじろはきているのだろうか。入院前、痛い足腰をはげまして濾過器と水槽のガラスを洗い、水草を入れたしてやった金魚たちは元気だろうか。妹に預けたままのドンは、すっかり叔母ちゃんっ子になっているのだろうな。
by mizzo301 | 2015-03-18 13:47 | エッセイ | Comments(2)

13日の金曜日

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 病室の窓から、遠く紀州の山の端に日の出を望む。13日の金曜日、6時30分起床、手術の朝である。朝食なし。8時30分、お迎えに参りましたとナースのおねえさん、娘ふたりに付き添われ、杖にすがってとぼとぼと手術室へ向かう空腹の蝸牛。両開きの大きな扉が開いてOpaは中へ、付き添いはここまで、扉が閉まりきるまで娘たちが手をふっている。親子ってこういうことなのかなとふと思う。ストレッチャーに乗せられて、落下傘ようの手術用ライトの下へ移動、点滴、マスク。酸素をしっかり吸ってください。眠る薬をいれまあす。記憶はここまで。その間、Opaの知らない三時間が過ぎている。Opaさーん、終わりましたよの声で我に返る。いったい何が終わったんだ、そうか、脊椎の内視鏡手術だった。部屋で待つ娘たちにも終了の連絡があったらしく、ベッドで硬直したOpaを手術室の前でむかえてくれる。口々に何かいってるようだが聴き取れない。廊下の天井がくるくると二三度回転して自分の部屋に戻される。ゆっくり目覚めた気がして、身体を動かそうとしたが、痛くてほんの少しも動かせない。しかたなく、ウウウッとうめいてやった。
by mizzo301 | 2015-03-15 21:21 | エッセイ | Comments(2)

めじろの季節に

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 春まだ浅いこの季節、Opaの裏庭には毎年めじろたちが来てくれる。今年は棕櫚竹の葉の茂みに割り箸をゆわえ、ポン柑の輪切りを刺してめじろ専用お食事処を設けた。ヒヨドリの横取りからめじろを守るための工夫である。それはさておき、娘に付き添われて病院へ行った。ようやく入院と手術の日取りが決まり、医師から手術に関する詳しい説明を受ける。そのほか看護師さんなどから入院準備や手続きの長い説明があって、すっかり疲れてその日は帰宅した。だがこれがうまくいけば、二年以上も付き合った足腰の痛みが解消するかも知れぬ。今の気分は暗くない。正月明けからがだめだった。そのころ長く服用した痛み止めの効果がなくて、新しい薬を処方された。それを飲みはじめてすぐ、食欲がまったくなくなり、ひどい便秘になって自分で浣腸をくりかえす。なにを見ても食べたくない。たちまち体重が6キロも減った。これは歓迎すべきことなのだが、いかんせん、今までに経験したことのない憂鬱におそわれた。大げさなようだけど、精神に異常をきたすのではないかというような気分にとらわれて、思えば思考力も判断力も停止したまま、だれと話すこともなく家にこもっていたことになる。ある週末、暗がりでぼんやりとテーブルの木目を眺めている自分にハッとして、これはいかんと思った。なんとか気持ちをはげまして、近所のNさんの携帯に、思いきってメールで救いを求めた。おどろいたNさんがYさんと二人ですぐかけつけてくださった。とりとめもなく語るOpaに二人はうなずいてくださる。それだけで少し気持ちが開かれる気分である。二人にうながされ、週明け早々医師に訴えると、おどろいてすぐその薬の服用を止めてとおっしゃる。すると十日もたたぬうちに食欲がもどり、便秘も解消したのである。なによりも、陰鬱な気分から徐々に解放されていくのを明らかに感じた。薬の副作用としか思えない体験である。
by mizzo301 | 2015-03-08 22:59 | エッセイ | Comments(5)