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青洲の里

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 秋分の日の好天にいざなわれ、腰痛ベルトのおじいさんは犬をつれてドライブに出かけました。アマゾンの中古で買ったユーミンのCDを流しながら、目指すは「青洲の里」である。さる日、華岡青洲のテレビドラマを見て以来、ぜひ行ってみたかった。道すがらところどころに赤い曼珠沙華、往古には一万の僧兵を擁したといわれる根来寺、平安の昔に創建の名刹粉川寺がある。今回はユーミンに読経をたのんで車から遙拝、素通りさせていただいた。紀ノ川にそって飛鳥に通じる大和街道R24とわかれ、旧道を左にとるとまもなく「青洲の里」である。馬蹄形の白い建物に小さな展示室、そこには青洲の事績にかんする 資料、当時実際に手術に用いたメスなど医療器具が陳列されている。生涯におよそ一千人の門弟を育成したといわれる、その入門に際して青洲が要求した血判の誓約書がある。まかりまちがえば生命にかかわる危険な麻酔の研究である。ことあらば己の血であがなうほどの覚悟を、弟子たちに求めたのであろうか。治療の結果で医師に対して決して異議をとなえないという、患者側の誓約書もある。これは現代の病院で行われる手続きのまさに原型といえる。少しはなれて青洲の屋敷、春林軒が往時のままに保存されている。ここは彼の居宅でありながら、診療所、麻酔の研究所、全国から集う門弟を教える医塾でありその寄宿舎でもあったようだ。世界初といわれる、全身麻酔での乳癌手術の成功もこの一室でのことであろう。だがこのほの暗い一室で、医聖とまで敬われた青洲の懊悩をOpaは思わずにいられなかった。危険な麻酔で動物実験をくり返し、自ら被験者として生体実験を申し出た妻と実母でも実験をくりかえし、ついにここで妻を失明させ母を亡くしている。
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by mizzo301 | 2013-09-29 23:25 | エッセイ | Comments(1)

正しい小便法

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 ケツをまくることにした。便器にしゃがんで小便をすることにしたのだ。勇気をふるって七十有余年の立ち小便の伝統を捨てたのである。トイレの臭気のためである。Opaのトイレがくさいとは思わないが、念入りな清掃をした後、四、五日もたつとそこはかとなく臭うような気がしてならない。さる清掃業者の言によれば、トイレの臭気の原因は、ひとえに男の立ち小便によるという。それも男性のホースが短いのがいけないという。その放水口から便器の水たまりまでは、数十センチの距離がある。その間に放たれたおしっこのしぶきが、雲となり霧となって、便器はおろか敷物、床、側壁からスリッパにまで蒸着する。それが悪臭の原因であるという。かといって消防自動車じゃあるまいし、そんな長い物を持つ男性など滅多にいるものでない。ホームセンターで延長ホースを求める手もあるが、おしっこの度に取り付けるのも面倒だ。ここはあきらめて、いさぎよく男もしゃがむしかないとOpaは考えた。実践からすでにひと月がすぎた。汚臭をまったく感じなくなったのは気のせいか。問題は次の二点である。ひとつは、夏場はショーパンをするりとずりおろせばよかったのが、秋になると長ズボンのベルトをゆるめポケットの財布を気にしながら、パンツを同時におろさなければならないことに気がついた。さらに寒くなると下半身も厚着をする。はたして数枚のズボン下をうまく同時に下ろせるかと今から気がかりである。もうひとつは、おしっこのためだけにトイレでしゃがむ違和感である。長年の習慣で、しゃがむと毒ガスおよび実弾を投下しなければと身体が反応する。だがそう在庫があるわけじゃなし、たいがいは空砲におわる。これも習うより慣れろ、か。
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by mizzo301 | 2013-09-22 18:03 | エッセイ | Comments(0)

無花果

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 朝の7時半に玄関でピンポーン、ご近所の奥さまが無花果を届けてくださった。雨が降らぬうちにと、朝早くもいでくださったという。一度雨にうたれた無花果がうまくないのは、Opaも知っている。ほんのりとした甘み、しゃりしゃりとした食感、Opaは無花果が好きである。そこへ突然の無花果、寝ぼけ眼でありがたく頂戴する。そのお宅には無花果の大樹がある。ドンをつれてその下を朝夕通る。今年は豊作とみえて、ふっくらとした果実がたくさんぶら下がっている。なかには熟れはじけて、食べごろでっせとOpaを誘うやつもある。すぐ手のとどくところだが、よそ様のをかってにもぎとるわけにはいかない。もの欲しげにうらめしそうな目でとおるOpaを、そのお宅の人にかいま見られたのかもしれない。ならばよくぞ見てくださった。もうすぐ柿ですね・・・。無花果では遠い思い出がひとつある。中学生だった夏の終わり、どうせ提出に間に合わない、せっぱ詰まったやけくその昆虫採集である。小川にそって木と針金の柵に囲まれた無花果畑が広がっている。見ると熟れたうまそうな実がいっぱいぶらさがっている。だが手は届かない。そこで捕虫網を柵の隙から差し込んで、手近なひとつを網のふちでとらえ、ぐらぐらとゆすってみた。簡単にちぎれると思った実が、なかなかはずれないのだ。もう食べたい一心ぐらぐらぐらり・・そこへ突然無花果の葉の茂みから、麦わら帽の農夫がぬっとあらわれた。あっ、Opaは立ちすくんだ。農夫は無言で捕虫網の柄をつかみ、Opaの手からあっけなく柵の内側へ引き抜いてしまった。そしてOpaがさんざゆすった実をもぎとり網に入れて、どんなに怒鳴りつけられるだろうと立ちすくむOpaに、それを柵の上から投げ返し、すっとまた無花果の葉の茂みに消えて行った。一言もない。農夫の沈黙に恐怖した少年Opaであった。
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by mizzo301 | 2013-09-09 12:47 | エッセイ | Comments(0)