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アスパラなGW

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 庭のアスパラガスが豊作である。スーパーでの野菜売り場のひと束くらいは毎朝とれる。おおきなコップの水にさしておくと、二三日でひとりでは食べきれない量になる。昨年は家の事情で一本も収穫せず、茂るにまかせたのがよかったのだろうか。もしそうなら、今年はOpaがかたっぱしからつみ取っているから、来年の収穫は少ないかもしれない。ならば切らずにそのまま育ててやればいいものを、すくすくと食べごろにのびるのを見ると、ついつみ取ってしまう。とにかく毎日ゆでてたべるが、コップのアスパラは増えつづける。毎朝水をかえてやるからか、やけに新鮮に見える。キッチンに行くたびにさあ食えっといわんばかりにOpaにせまる。このままではアスパラ性強迫観念にとらわれてしまいそうだ。そこでなにやら庭仕事をする隣家のダンナに、アスパラはいかがでござんしょと塀ごしに声をかけて、大束をむりやりに押しつけた。これはけっこうなものを、などといいながらにこやかに受け取ってはくれたが、ほんとは迷惑だったかな。明日からはつみ取りもほどほどにしよう、などと考えてコーヒーを淹れていると、塀のむこうからOpaを呼ぶおとなりの奥方の声がある。見ると塀のうえに差しのべられた手に、白くておおきなカイウや数種の欄、赤いフリージャその他名も知らぬ花の大束がある。庭に咲く花を切りましたといって、それを塀ごしにわたしてくださった。アスパラで花束を釣った、ゴールデンウイークの一日であった。
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by mizzo301 | 2012-04-30 14:41 | エッセイ | Comments(3)

春めぐりて

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 モッコウバラの季節である。咲きはじめたこの花のひと枝を折りとって、つれあいのなきがらに手向けたのは一年前の今日のことであった。
     年年歳歳花あい似たり
     歳歳年年人同じからず
 雨上がり、窓外の陽春をよそに、日がな黙然と座して過ごす。
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by mizzo301 | 2012-04-23 20:50 | エッセイ | Comments(0)

アスパラな日々Ⅱ

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 レモンをようやく採りいれる。ご近所では枝もたわわに実るのに、うちは二本の木にあばた面の実が数えるほどしかならない。アスパラガスが日に数本は採れる。肉や魚のつけあわせ、パスタにもあしらうが、それでもちょっとあまり気味のアスパラガスな日々である。スーパーの高い野菜をおもえば、ちょっとしたぜいたくかな。それにしても野菜は高い。キュウリ一本80円、トマト一個150円、レタスなど400円ちかい日もあった。真冬にまで夏野菜を食べて、なんの不思議も感じない。おもえば高くてあたりまえではあるのだが・・。そこでOpaは思案する。今年、トマトやキュウリの植えつけはどうすべえか。ひとり暮らしで困るのは、食材がすぐに余ることである。夏になって日に十本もキュウリが採れたりすれば、河童でも飼わないかぎり余ってしまう。自分と金魚以外のペットはドンがゆるさない。トマトも毎日数個も採れればもてあます。トマトソースの作り置きなんて面倒くさい。おまけに夏は野菜が安い。それでも庭いじりはしたい。さあどうするおじいさん、春はなやむ。
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by mizzo301 | 2012-04-20 12:57 | エッセイ | Comments(0)

さくらさくら

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 海岸に通じる町内のメーンストリートは、片側が水路沿いのさくら並木である。おりしも花はほぼ満開、そのむこうは、ひねもすのたりの春の海をこえて、淡路島がかすんで見える。ご近所さんが三々五々、散歩をかねた手近なお花見を楽しんでいる。新一年生らしい男の子と、その妹らしい幼女をつれた若い夫婦が、桜の下で記念撮影をしている。毎年かわらぬこの辺りの光景である。終戦直後の小学生であったOpaにも、お花見の思い出がある。四月からの朝ドラ、梅ちゃん先生のまさにその時代である。食糧難は深刻で、麦やさいの目の大根、さつまいのつるなどをわずかな米と炊いた飯がふつうであった。昼は小麦粉のだんごを浮かべただけの汁であったり、蒸かしたじゃがいもを盛った大皿が食卓によくおかれた。白米の飯はあこがれで、当時は少女であった叔母とのままごとでは、ユキヤナギの花が皿にもられて、いつも空想の銀しゃりになった。そんなある春のこと、近くの神社で境内のさくらの下にござを敷いて、お花見をしたことがあった。その時、母が開いた重箱から、あんこときなこのおはぎが現れたのである。ほかには水筒のお茶だけ、だがそれは飢えたOpaに十分すぎるごちそうであった。ほかにも誰かがいたはずだが、なにも憶えていない。おはぎだけが鮮明に残っているのである。そのころはまだ二十代であった母が、米や砂糖、小豆などをどうやりくりしてくれたのだろうか。苦労は大きかったにちがいない。
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by mizzo301 | 2012-04-11 14:15 | エッセイ | Comments(0)

アスパラな日々

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 土日はスーパーの駐車場が混むから、なるべく買い物には出ない。冷蔵庫のありもので夕食を考える。冷凍庫にレンガのように固く凍ったステーキ肉が一枚ある。パンもある。野菜がない。ふと思いついて庭のプランターをのぞくと、ようやく伸びはじめたアスパラが数本、まだ食べるには早いよというている。軒下にタマネギがある。これをスライスしてオリーブオイルをたらし、かつおぶしと醤油をふりかけてステーキの付け合わせにするか。それにしてもよくプランターを見たことだ。あと二、三日でうまそうなアスパラを収穫できそうである。うっかり食べごろを逸するところであった。昨年の今ごろは、入院中のつれあいに、庭のアスパラが出はじめたよと報告したが、それからほどなくして彼女は逝ってしまったのだった。あれからほぼ一年、まもなく一周忌を迎えようというのに、ドンとふたり、いまだに覚めぬ永い夢のなかに暮らしている気分である。
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by mizzo301 | 2012-04-07 16:38 | エッセイ | Comments(0)