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<   2011年 04月 ( 4 )   > この月の画像一覧

わかれ

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 Opaにも、寡夫の寂寥をあじわう時がとうとうきてしまった。つれあいは長年の闘病であったから、決して突然にというわけではないが、やはりこたえる。Opaの庭仕事をよろこび、手料理に世辞をいい、ブログを始めてはと、最初にすすめてくれたのも彼女であった。あなたより十年は長く生きるわと、口癖のようにいっていた。自分に先立たれたOpaが、無気力でふがいのない老人になりはてるのを案じてのことだった。最後まで快癒、退院をつゆほどにも疑わず、自宅ガレージの屋根をおおいつくす満開のモッコウバラを見るのを楽しみにしながら、それもかなわぬままに逝ってしまった。葬送までの三日がまるで夢でも見るようにすぎると、ひとりきりになったという思いがなえた心にしみる。こしぬけOpaよ、いま心までぬけてしまってはいけない、しっかりせい。
by mizzo301 | 2011-04-28 21:26 | エッセイ | Comments(8)

猫の位牌

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 Opaの弟は泉州の無農薬野菜専業農家である。季節には虫食いだらけの青菜、あばたづらの水なす、泥のかたまりに見えるじねんじょ、ナメクジを巻き込んだレタスやキャベツなどを、親戚中に出荷してくれる。実にありがたい。虫食いは、安全食品の保証書みたいなものである。市販で買い手がつかないというのは、ひと目でわかる。さて、ひるめし時をねらって、久しぶりに家をたずねた。弟はさっそく台所で腕をふるい、自家野菜たっぷりのチャーハンをふるまってくれた。Opaの来訪を知って、近くてスープの冷める距離に住む娘も、孫たちをつれてやって来た。弟夫婦、その娘と孫の幼い姉弟、飼い猫おたま、Opaとその娘、愛犬ドン・ウンチッヒ、七人と二匹が大テーブルを囲むにぎやかな午餐である。チャーハンをはじめ、菜花のおひたし、うまい菜の和え物などどれもおいしく、自家野菜の魅力をたっぷりと堪能させてもらった。そのダイニング・ルームでOpa意外なものに気がついた。一隅の小さな棚に、位牌と骨壺がある。戒名・尼安居士、享年18歳、先代の猫のものだという。葬儀社をたのんで、手あつい告別式を営んだそうである。庭を掘って犬のむくろをほうりこみ、踏んづけておわるOpaとは大違いである。そういえば弟は、ダライ・ラマ14世じきじきに説法を授かった仏徒であった。とにかくチャーハンはうまかった。また行くぜ。
by mizzo301 | 2011-04-11 17:43 | エッセイ | Comments(1)

金魚の春

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 ようやく春風駘蕩の気配あり、室内で冬を越した金魚たちを、裏庭の睡蓮鉢にもどしてやった。せまい水槽からの開放感があるのか、水草をかいくぐりながら七尾がひときわ活発に泳ぎまわる。昨年六月に十尾を飼いはじめ、間もなく病弱の二尾が早世一尾はなぞの行方不明、そしてこの数ヶ月、残りの七尾が健在というわけだ。Opaが顔をみせると、たちまち水面にがん首をそろえて餌をねだり、大いに排泄をする。彼らの元気なさまを見ていると、安心でうれしくなる。Opaは無知な飼い方で、二年半に百尾の金魚を死なせた苦い思い出がある。ある時は入れすぎた水草で酸素不足に、またある時は楓のほそ枝から落下するめじろの糞で水面が泡立ち、魚たちを苦渋のはてに落命させてしまった。その反省から、今回は最初からエアポンプをもうけ、春も裏庭のめじろの季節が過ぎるまで室内においた。かつて友人宅で、夜店の金魚が30センチちかくに育ち、水槽で回れ右ができぬほどに成長したのを見たことがある。もしおまえたちがそうなるというのなら、Opaは年金をはたいて、水槽を七つ買ってやる。生きよ七尾の金魚たち!
by mizzo301 | 2011-04-07 19:17 | エッセイ | Comments(0)

子らの笑顔に・・

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 この頃毎日のように報道写真で見る被災の子らの笑顔は、沈みがちなOpaの心に勇気をくれる。写真からは未曾有の恐怖、悲嘆、苦難の渦中にあって、それをのり越えなければというけなげな子らの思いを感じるからだ。それには、困難のさなかにあって真摯に行動する、大人たちの影響も大きいことだろう。海外の多くのメディアが、驚きと称賛、さらに畏敬の念をもって伝えたのは、冷静沈着に現実に立ち向かう現地の人びとの姿である。それはふだん反日の色こい中国や韓国の新聞も例外ではなかった。記事を読むたびにうれしく、そんな同胞たちが誇らしい。ひるがえって思えば、我が家は発生が近いと予測される東南海地震の震源に近い。ひとたびそれが起これば、Opa運よく命拾いをしたところで、恐怖におののいてあわてふためくであろう。腰ぬけOpa、はたして冷静に秩序の列に加わることができるだろうか、はなはだ心もとない。
by mizzo301 | 2011-04-01 10:53 | エッセイ | Comments(0)