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<   2010年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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 野菜が高い。レタスひとつが300円、トマトひとつ180円、きゅうり三本200円。レタスはともかく、夏にはトマトやキュウリは庭先でもぎとるだけだったことを思えば、スーパーの野菜の前でつい思案してしまう。毎朝、どんぶり一杯のなま野菜を食べたいOpaだが、今は皿に小さく盛ることでがまんしている。読書週間だからというわけでもないが、夕べ青空文庫から落とした太宰治を読んでいた。「女生徒」という作品に「・・ことし、はじめて、キウリをたべる。キウリの青さから、夏が来る。五月のキウリの青味には・・」というくだりがある。キウリから思う鮮烈な夏、かつてOpaにもあったそういう感覚が、いまではすっかり鈍磨している。いろんな野菜が年中食えるようになったせいだろう。だが無くなったかにみえる野菜の季節感が、その値段にだけはしっかりと残っているのである。しかたない、野菜の足らずはくだものを食べよう。毎朝かならずバナナを一本、もとは高級果実だったのが、今では安物の代表である。オードリー・ヘップバーンが大阪のおばはんになったみたいなもんや、あっ失礼・・。ほかにリンゴや梨、いちじく、ぶどうなどあれば食う。今はなんといっても柿である。和歌山から売りにくるひらたねという、種なし柿がうまい。食後にその熟柿を半冷凍にして、スプーンでほじくる。朝食のデザートにはこの上ない。コーヒーをいれて新聞をひろげる、年金老人の朝である。
by mizzo301 | 2010-10-31 19:28 | エッセイ | Comments(1)

修学旅行の秋

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 東京に住む娘が、孫二人をつれて帰省したことがあった。子供たちに日本の古都、奈良を見せてやりたいと娘がいう。2004年12月のことである。孫は姉と弟、当時二人は小学生であった。願いをいれてOpaは奈良へと車を走らせた。小一時間で行ける法隆寺を手始めに斑鳩の寺をめぐり、奈良市内の名跡を見てやがて東大寺の大仏殿に入る。巨大な台座の蓮弁のまわりで、弟はそこにある鉦をたたき大仏の鼻の穴という柱の穴をくぐり、なんとなく納得の様子で一同帰途についた。夕食の席は自然とその日の奈良見物が話題になる。そこで「大仏様はどこにあったの?」と弟のひとことにみんなガックリ、台座をめぐりながら上を仰ぎ見ることなく過ぎて、肝心の大仏様を拝すことなく帰ってきたのだった。その彼が今秋、中三の修学旅行で奈良へ来たという。奈良限定のグループ別自由行動、交通の要所に先生方が立って、生徒が圏外へ出ぬように監視されるのである。ほんとうにご苦労様です。彼のグループは男子三名、先ずは大仏拝観、その後は先生方の目をかいくぐり一路大阪へ、通天閣を仰ぎ見ながら電気街でんでんタウンを行く。目当ての店でラジコンを買い、黒門市場で安くてうまい寿司を食い、道頓堀かいわいを見物、定番のたこ焼きを食うなど、わい雑ななにわの風をたっぷりと堪能した三人は、何食わぬ顔で奈良の旅宿へと帰っていったのであった。いやあ、関東の中学生ようやりまっせ、えらいえらい。いやいや、付き添いの先生方のご苦労を思えば、まったくもってけしからん。どっちやねん・・
by mizzo301 | 2010-10-24 15:54 | エッセイ | Comments(2)

地底からの生還

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 天上からおろされた鋼鉄のクモの糸が、ついに地底700メートルの鉱夫たちにとどいた。落盤事故から69日を経た今日、世界中の人々が奇跡的な救出劇のテレビ画面に固唾をのんで見入っていることだろう。Opaとて安堵の胸をなで下ろしたひとりである。今回の事故はおどろきの連続であった。事故発生から17日目、捜索用の掘削ドリルにつけられて上がってきた33名無事のメモ、食料がつきる直前であったという。だが地底深くに閉じこめられた彼らを、どうやって救い出すか。チリの人々の心は、一安心とあせりのはざまをはげしく行き交ったにちがいない。当初、救出は早くてもクリスマス前にと発表された時には、なんとももどかしいと思ったものだ。それが思いもかけぬ、予定より二ヶ月以上も早い救出実現である。同胞救出にかけたチリの人々の必死の努力がうかがえる。地底では生死不明の間も、規律ある生活をつづけて生への希望をつないだという。なかでは自分を最後にとゆずり合うほどの、厚い友情もあったと伝えられる。もしおなじ境遇になれば、まっ先にあさましい餓鬼になりはてるであろうOpaには、これもおどろきであった。いずれにせよ、人が忘れかけていた人間性への信頼を、この事件が再認識させてくれた意味は小さくない。
by mizzo301 | 2010-10-14 00:24 | エッセイ | Comments(2)
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 好天と秋の風にさそわれて、庭仕事を思い立つ。のびるにまかせた庭の草刈りや植木の剪定など、猛暑ひと夏分の仕事がたまっている。朝食もそこそこに腰をあげる。思い切りが肝心である。さて、粛々と仕事をすすめるうちにやがて尿意をもよおす。それをこらえにこらえ、ついに玄関にとびこみ、そこいらの履き物をけ散らしながらゴム長をぬぎすて、廊下に駆けあがってトイレに転がり込む。日に何度もこれをくり返すのはいかにも面倒である。むかしの農家などトイレがよく納屋に付属してあった。わざわざ母屋に入らずして用をたせたのである。というて、今さらこの家にトイレの増設はできない。そこでOpaに妙案あり。近所のホームセンターで、直径5センチ、長さ1メートルの塩ビパイプを一本買って持ち帰る。これを物置の下水口に差し入れ、小便を流せばよいではないか。これで尿意のたんびに家へとびこまなくてすむばかりか、夏には流しそうめんにも転用できる。さてさる日の庭仕事、尿意を待ってましたとばかりに実行におよぶ。まず物置の地面にある下水口の小さなマンホールのふたを開き、塩ビパイプのはじっこを差し入れる。反対側に自分のしなびたホースを差し入れて開栓、下の方でサラサラと心地よい小川の音がする。爽快、じつに爽快、思わず目を細め口を半分開いている。まるでちんちんでアルペンホルンを吹いている気分である。
by mizzo301 | 2010-10-06 10:58 | エッセイ | Comments(1)