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<   2009年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

イタリアの盆栽王

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 イタリアの盆栽王という男をテレビで見た。自宅に広い日本庭園をしつらえて、数千本の盆栽を育てている。すでに数千鉢をヨーロッパ中に売りさばいて財をなしたという。さすがはイタリア、こういうのは盆栽マフィアとでもいうのだろうか。ヨーロッパに盆栽愛好家が増えているのも事実であるらしい。ベルリンの壁崩壊直後、プラハの書店で「BONSAI」というチェコ語の写真集を見かけたことがある。同じ日にカレル橋で豆盆栽を数鉢ならべて売る男も見た。思えばヨーロッパの盆栽ブームは、その頃すでに始まっていたのかもしれない。クールジャパンは今やアニメやマンガの域を大きく超えて、意外な日本文化にまでひろがっているらしい。Opa日本にありながら、今まで盆栽のひとつも知らないでいた。正直いって盆栽なんてジジイの趣味だとバカにしておったのだ。それではジジイがジジイをバカにしているだけのことだと、今ごろようやく気がついた。ここはひとつ心を入れ替えて、自分も盆栽ジジイになってみるか。さいわい庭に南天の新芽がいくつも生えている。ためしに一本を小鉢に移し、苔をのせてみた。なかなかの景色である。さらに近所のホームセンターに出向いて、種から育ち始めたという楓の苗を買う。小さなひと鉢に数十本がひしめいている。それを別の小鉢に植え替えて、一本あるいは数本の豆盆栽に仕立てようというのである。テレビの盆栽王、イタリアのおっさんはこんなもんで荒稼ぎをしたのだからすごい。もちろんOpaにその才覚はない。こちらは単なるおっちょこちょい、ささやかな凡才の楽しみである。
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by mizzo301 | 2009-09-30 10:38 | エッセイ | Comments(0)

信州への旅いまむかし

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 きしむ老骨にむち打って、長野まで往復千キロのドライブをした。義母の墓所を訪ねる旅である。運転に備えて白内障手術もすませた。犬も泊まれるホテルをたのみ、愚犬ドンも一緒である。長距離とはいえエアコン装備の車で高速道路を走り抜けるだけのことである。四十余年の昔はちがった。高速道路はおろか、今の国道19号線すらまだない。エアコンはなくてあたりまえ、そんな車でほこりまみれになりながら木曾街道の村々をぬってよたよたと長野へと向かったものだった。道中、寝覚めの床でそばを食い、材木を運ぶ森林鉄道の小さなSLをながめ、車内に流れ込む木曽の冷気にいやされ、鳥井峠では素ぼりのトンネルの暗闇におびえながら、それでも木曽路を旅する風情があった。それが今では、サービスエリアでコーヒーを一杯すする程度の楽しみに変わってしまった。 義母の墓は善光寺の納骨堂、長野市街を見晴るかす雲上殿にあるという。義兄に案内されて春は花の名所となる桜の木立をくぐりぬける。堂内で墓前に灯明をあげ香をたく。やっと念願が果たせましたと妻がいう。Opaもなぜか安堵して、ドンのうんちを寺の水洗トイレに奉納、牛ならぬ犬にひかれての善光寺参りを無事すませたのであった。帰路、土地の人にすすめられ伊那高原山中にあるという赤そばの畑に立ち寄った。そのスナップ一枚が、味気ない高速道路の旅に思いがけない彩りを添えてくれた。
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by mizzo301 | 2009-09-27 14:57 | エッセイ | Comments(0)
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 ミシンを買った。子供のころからさわってみたかったあこがれの一品である。母が和裁の手内職をしていた我が家にミシンはなかったが、祖父母の家の若い叔母がミシンを踏んで縫い物をする姿はいかにも楽しそうに見えた。幼いOpaには当然さわらせてもらえない。こっそり踏み板をふんでみたり、動輪にふれたりで好奇心を満たすほかなかった。いつの日か思い切りミシンにふれてみたいと思ったのは、60余年のむかしである。今、スーパーの広場などで数台のミシンを置いて、説明販売をしているのを見かける。遠目に見るミシンはどれもみなこじんまりとして、半世紀前とはすっかり変わって見える。近づいてよく見たい衝動に駆られるが、いつもためらうばかりで果たせない。たまたま販売員の男と目があったりするとなおさらたじろいで知らんぷりで離れてしまう。だが欲しいのはがまんできない。インターネットでミシンの世界をさまよったあげく、ついにその名でシンガーの一台を買ってしまった。シンガー、歌い手、歌うような軽やかさで縫い進むイメージがミシンに最もふさわしいと思ったからである。命名のセンスにかねてから感心していたからである。というのはOpaの勝手な思いこみにすぎなかった。それが1856年に初めてミシンで特許をとったI・Mシンガー社の創業者、アイザック・メリット・シンガーの名であることをネットで知ったのは、買ってからのことであった。肝心のミシンはといえば、着古したワイシャツで試し縫いをしたあと、今は早くもピアノの下で休眠に入った。シンガーにふさわしい場所ではある。「ブティックOpa」開店はいつのことやら・・
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by mizzo301 | 2009-09-11 16:43 | エッセイ | Comments(0)

アニメの殿堂、賛成!

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 民主党の政権実現で、通称「アニメの殿堂」、文化庁の国立メディア芸術総合センター設立が遠のくのであれば実に残念である。鳩山君はこれを国立巨大マンガ喫茶の建設と皮肉り、無駄の代表のようにいうがとんでもない。今やアニメ、マンガは映画、音楽、ゲームなどを含めてクールジャパンの代表であり、今や立派な日本文化である。文化庁や外務省は遅ればせながらそれに気づき始めたのである。毎夏パリで開かれるジャパンフェスティバルはヨーロッパ中の若者を熱狂させて、短い開催期間に去年14万人、今年16万人の入場者を集めたという週刊アスキーの特集記事がある。彼らの興味はアニメやマンガ、ゲーム、音楽、映画にとどまらず、日本語、ファッション、武道、和食、庭園、宗教など日本文化全般におよぶという。またこれら日本発の文化は、その経済効果の大きさも見逃せない。国内でこれらコンテンツ産業の経済規模は05年で14兆円、鉄鋼産業をすでに抜いたといわれる。しかもますますふくらみつつあるこの数字を、鳩山君はどう見るのだろうか。名前はどうあれ、今がクールジャパンの世界に開かれた総合的発信基地を建設する好機である。それによってコンテンツ産業の輸出増加が見込まれ、さらに世界で30位以下という来日観光客の増加が期待できる。その分日本は潤う、その数字は決して小さなものではないだろう。それは民主党政権にとってもプラスのはずである。アニメやマンガを子供の道楽と決め込んでいるようでは、現代日本の政治家失格である。
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by mizzo301 | 2009-09-03 19:14 | エッセイ | Comments(0)

キュウリのバケモン

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 とにかくキュウリがよく採れた。この二ヶ月、毎朝水をやるだけで5本10本と採れる。いきおい朝はいつもキュウリのサラダ、パリポリパリポリ・・まるで河童の朝めしである。不出来ながらも少しは採れたトマトにバジルやルッコラ、仕方なく買いたしたレタスを丸ごとのモッツアレラチーズに付け合わせたり、サーモンや貝柱のカルパッチョなどと、夏の食卓になにかと便利なキュウリであった。採りこぼしがないように毎朝しっかりと目を光らせていたそのキュウリ畑だが、いかんせんOpaの目はふし穴である。ある朝一本の苗の根に近い葉陰に巨大なキュウリを見つけたのである。ふし穴視線の死角でぬくぬくと育ちたいだけ育ったキュウリ、それはすでに超キュウリのバケモンであった。さすがに朝のサラダにするにはなんとなく抵抗がある。といっていつまでもキッチンに飾るわけにもいかない。
 巨大キュウリを食いあぐねていた一日、大学時代のクラス会が梅田であった。古希老人、白昼の飲み会である。ひとしきり病気の話で盛り下がり、やがて食い物の話となった。中には女性で在職中から農家顔負けの奈良の農業者もいる。彼女いわく、「なんやて、キュウリのバケモンやてかいな、そんなんようあるこっちゃ。ほかすやなんてもったいないこといいないな。皮むいて種とって冬瓜みたいにたいたらこんなおいしいもんあらへんよ。」というわけで、キュウリのバケモンは次の夕食で美味な一品に無事バケたのだった。持つべきは友である。
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by mizzo301 | 2009-09-01 15:32 | エッセイ | Comments(0)