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<   2009年 05月 ( 11 )   > この月の画像一覧

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 両眼の白内障手術から二週間が過ぎた。目からウロコが落ちるというが、まさにこのことかと思うほど視界は鮮明である。特に近い物、本や新聞がほとんど裸眼で読める。これは何十年ぶりかの快挙である。ところが数メートル以上はなれるとピントがあわない。霞がかかったような以前の状態とはちがうが、中遠景はすべてピンぼけである。これは朝夕の犬との散歩には不便である。むこうからなにやらペットをつれてかなり遠くから手を振ってくれる、旧知の人にちがいない。そんな人もよほど近づかないとだれだかわからないのである。でもこの町内では、そのことで失礼にあたるという心配はない。相手がだれであれ、会釈をかわし時には声をかけるのは、このあたりではごくあたりまえのことである。特におたがい犬をつれていると、それにかこつけて言葉をかわすのは老若男女を問わない。その際Opaとしてはなるだけ若女に出会いたいが、そう都合良くより好みはできない。まさに不都合な真実である。それにこうピンぼけではその判別もむつかしい。やがてめがねの処方などもあるのだろうと、通院しながら勝手に想像している。今くっきりと見えるのは、目の前にドンが落としてくれるクソばかりである。せめて遠くから犬猫美女カラス、老若男女くらいの識別をできる目に早くなりたい。
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by mizzo301 | 2009-05-27 16:50 | エッセイ | Comments(0)

国会議員ははずかしい

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 イギリスの政界人といえば謹厳にして実直、その上にユーモアを解する紳士淑女ばかりと思っていた。どっこいそうとはかぎらないのですね。年間約三百五十万円の手当をめぐる英国議会のはちゃめちゃぶりを新聞が報じている。「国民激怒・・」と小見出しにある。なんとブラウン首相以下、与野党の議員がこぞって不当な手当を受け取っていたというのである。明白になったその細目を見てなるほどと思った。首相自身が受け取ったアパートの清掃費をはじめ、大きなところでは返済済みの住宅ローン18ヶ月分から小はチョコレートまで、その他肥料の馬糞、マンガ、おむつ、便座ふたつ、ピアノの調律費、バス乗車券などと多彩、なかには夫が見たポルノ番組の代金を請求した女性閣僚までいる。全てを暴露されたくだんの紳士淑女たちは、今ごろ外を歩けないほど恥ずかしい思いをしているはずである。政権は危機の瀬戸際といわれているが、今さらそのイギリス政界を陳謝と反省の嵐が吹き荒れているというのがおもしろい。だが恥ずかしさで競うなら、JRの国会議員無料パスで人妻と温泉旅行をしたといわれる、わが日本のさる国会議員の実力もあなどれない。こちらはたった一万二千円の電車賃ネコババで、同僚の議員たちをして、うらやましがらせかつ震えあがらせたのである。新聞を裸眼でこんなに楽しめる、白内障手術バンザイ!
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by mizzo301 | 2009-05-20 11:33 | エッセイ | Comments(0)

ひょうたん池にて

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 かやつり草の鉢をいれた小さなひょうたん池の水替えをした。泥の中からめだかの生き残り三尾、生まれたてのほてい草ひとつ、大中小数個のタニシを救い出し清水に移す。となりの睡蓮鉢からもめだか数尾を追加、われながら作業は上々、満足して澄んだ水をながめていた。水底のタニシのそばに薄紅色のボウフラがひとつふらふら・・。泥水からタニシにくっついてきたらしい。めだかがツイッとよっていってそれをくわえる。ぼうふら身をよじらせ、それをふりほどく。めだかふたたびボウフラに突進、、今度は三分の一ばかりのところをくわえてそのまま泳ぎだす。口からはみでたボウフラが身をよじるが、その部分がだんだん短くなる。めだかがどうやらそれを吸い込んでいるようだ。さぬきうどんを思い出す。ついにうどんのシッポがめだかに吸い込まれる。めだかが泳ぎながらうどん、いやボウフラを食うことを発見した瞬間であった。蚊の繁殖対策と思って、睡蓮鉢でめだかを飼っていたが、しょうじき今までは気休めであった。だが偶然とはいえ、めだかがボウフラ退治をする現場をふんだからには、かれらが有効な蚊対策になると確信をえた次第である。つまらないことを書いてしまった。いいたかったのはこれが白内障手術をして一週間の右眼と、まだかすんだままの左眼ではっきりと見えた光景であるということである。右眼の視力回復おそるべし。
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by mizzo301 | 2009-05-15 19:17 | エッセイ | Comments(0)
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 右眼の手術から一週間が過ぎた。今までのかすんだ世界が、うそのようにすっきりと見えるようになった。そうなると、今まではよく見えると思っていた、左眼の非力が気になる。だが右眼の回復で視力がどうなったかと気になって、いろんな物を見る。新聞の大見出し小見出しはまるでOK 、本文もやや遠ざけると読めなくもない、がちょっと苦しい。文庫本も同じ。おそるおそる譜面台をのぞいてみる。ありゃーっ、バッハがくっきりと読めるぞ。楽譜は本や新聞よりもやや遠くで読む。それが遠目に調節された右眼の視力にあうらしい。今までは老眼鏡をとっかえひっかえ、譜面台をおしたりひいたり、あれほど読みづらかった楽譜である。それが右眼の視力回復だけでこんなにはっきりと読める。明日は左眼の手術である。いったいOpaの目は、どこまで見えるようになってしまうのだろう。これは困ったことになってしまった。バイオリンをひとりで弾いている分には、こんなにありがたいことはない。だがアンサンブルで困るのである。今までは間違えるたんびに「ごめん、よく見えなくて・・」といえばよかった。そのいいわけが通用しなくなってしまうのである。これからは「ごめん、へたくそで・・」といえる正直者に生まれ変わるほかなさそうである。
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by mizzo301 | 2009-05-13 16:28 | エッセイ | Comments(0)

独眼竜になった日

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 眼科の待合室にOpaもふくめた老人四人がいる。大の大人も眼の手術で不安がかくせない。一人は気を紛らわせようと、自分の目がいかにかすんでいるかを誰にともなく語り続け、他の二人は付き添いの家族としきりにひそひそ話をしている。ひとり悄然としているのはOpaである。瞳孔を開かせる点眼?で約1時間が経過、最初に手術室へ呼ばれたのはOpaであった。手術はベッドでとばかり思いこんでいたら、意外や床屋の椅子風のに座らされて仰向けに倒される。左腕に点滴、右腕に血圧計、胸に心電図のクリップ(だと思う)がつけられる。右目周辺の丹念な消毒の後、二人がかりの看護婦さんに、バサバサと音を立てながら頭から足先まですっぽりと大きな布をかぶせられる。視界セロ。「では始めます」と医師の声、気分はキンチョーカトリセンコー。右目のあたりの布を刃物で切るような音、絶体絶命、その時布の下から思いがけず誰かの手がするりとすべり込んで、Opaの右手を握ってくれる。やわらかい女性の手である。思いがけないサービスに握りかえしたい衝動をおぼえるがこらえる。小さなまばゆい光源が三個右目を刺すように光って、それを横切るようにうごめくうすら黒い影のようなものが見える。時々チチチと耳元で聞こえる小さな機械音。左目は覆われたままだから、現場にいながら見学はできない。身体に力が入ったままのそんな何分かが過ぎて「はい、終わりました」と医師の声、それまでずっと握ってくれていた手がすっと消える。覆われていた布がはずされ、間髪を入れずに右目に眼帯を貼り付けられる。そのまま待合室に返されて、他の人の手術が終わるのを待つことになる。みんなをまとめて、医師から術後の諸注意があるという。待合室の眼帯が二人三人とふえていく。最後の人は眼帯をつけて出てくるやいなや「これで独眼竜が勢ぞろいやあ」と軽口をとばす。独眼竜たちがようやくにんまりと安堵の笑みを浮かべるのを見て、付き添いの人たちはケタケタと声を上げて笑うのであった。
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by mizzo301 | 2009-05-12 15:12 | エッセイ | Comments(0)

かすんだ風景

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 今日は朝から曇り空だが、二階の自室から見る風景がどんよりしているのはそのせいだけではない。左目をつぶり右目だけで見る世界は、まるで紗がかかったようにかすんでいる。明日午後には手術でこの紗が取りのぞかれる。本も楽譜もごちそうも美人も、すっきりと見える目になるはずである。旧友Mの細君はるさんが、視力の調整はやや近眼にしてもらうのよ、と電話でいう。あまり見えすぎて、しわまでよまれると困るというのである。だがこのかすんだ風景も見納めかと思うと何だかいとおしい。ぜひ一枚写真に残そうとシャッターを切ったが、カメラは白黒にはなっても白内障にはならないのであった。あ~か~る~いナ~ショ~ナ~ル♪ という古いコマーシャルソングを、脳みそが繰り返し歌っている。なぜだろう。
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by mizzo301 | 2009-05-06 16:27 | エッセイ | Comments(0)

ブダペストにて

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 四月十八日はよく晴れわたり、まるで旅の終わりを祝福するかのような好天である。午後、ドナウ遊覧クルーズ、両岸に広がる世界遺産の街並みや古い橋を船から観光する。ブダの丘にそびえるマーチャーシュ教会の尖塔は、補修のために囲われて今は見えないが、背後の漁夫の砦が白く輝いて見える。忘れもしない1979年の夏、その横の小公園でヤミ両替人にひっかかり、1万円を数百円程度のフォリント紙幣にまんまとすりかえられたのだった。近くのレストランからちょうどジプシーバイオリンのすすり泣くようなメロディーが流れていて、自分の間抜けさ加減に涙が出そうになったものだった。三十年前の1万円はほんとに痛かった。建物ではペスト側に立つ国会議事堂がとりわけ美しいとOpaは思う。下船、まだ時刻は三時前である。繁華街に近い公園で自由時間ということになり、夕食の七時にここへ集合となった。Tさんは刺繍のある民族衣装や花瓶敷きを入念に選んでおみやげに買う。ジジ馬鹿である。歩き疲れたがコーヒーを飲むお金がない。ユーロで支払ってフォリント貨で釣り銭をもらいたくないからである。ありあまる時間、一旦ホテルに戻って休もうとなったが、ガイドに地下鉄の最寄り駅をきいていなかった。言葉の通じない街でずいぶん手こずりながら、それでもなんとかホテルにたどり着き、一休みの後再び同じ広場の駅へ地下鉄でとって返す。夕食にはジプシーの音楽ショーがあって、旅の終わりを盛り上げてくれる。おまけに六人のテーブルごとに赤ワイン白ワインを1リットルずつの大サービス。ツアーで親しくなった相席の人たちは、ほとんどワインを飲まれない。なんという幸運であろう。せつないメロディーを弾きながらテーブルに来たバイオリン弾きに、ポケットからなけなしの5ユーロ紙幣をにぎらせて旅はおわった。
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by mizzo301 | 2009-05-06 00:02 | エッセイ | Comments(0)

線の旅バスの旅

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 出発点から最終目的地までの風物を、とぎれることなく見ることができる利点がバス旅行にある。飛行機は点の旅、バスは線の旅だと思った。好奇心のおもむくままに全てを楽しんだせいで、脳みそは旅の風景でいっぱいになって、旅をおえたばかりの今すでにそれを順序立てて思い出すのがむつかしい。ドナウ河畔の古い町並みセンテンドレ見物をしたのは、旅の終わりの二日前である。いきなりのはげしいにわか雨、同行のTさん、ウィーンで買ったばかりの帽子を気遣って両手で頭をおおい逃げまどう。ようやくバスに乗りこみ出発、日本語のうまいハンガリア人の若い女性が朝から添乗している。カルパチア平原ですと彼女がいう、雨上がりの草原をひた走る。ドナウの流れが見え隠れするうちに、やがて郊外電車の線路と併走して、いつの間にか都会の風景に紛れ込むようにしてバスはブダペストに入った。ホテル到着午後四時半、市の中心からは外れているが、地下鉄の便はいいという。部屋の窓からすぐ近くに、大きなショッピングモールが見える。夕食までの時間そこへ行ってみることにする。両替所で20ユーロを現地通貨フォリントに交換、日本円にして二千五百円ほどである。モール内のスーパーでウオッカひと瓶、チーズとハム、ニンニク風味のクラッカー、2リットル入りミネラルウォーターのペットボトルを二本買ってまだおつりがある。寝酒二晩分とおつまみ、水を仕入れた上に、市の中心までの地下鉄往復運賃二人分ほどの小銭が残った勘定である。日本の年金があれば、ここで酒と食い物の不自由はないなと思った。
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by mizzo301 | 2009-05-05 16:42 | エッセイ | Comments(0)

ドナウに沿って

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 ウィーンを出てちょっとうつらうつらしていると、もうハンガリーですという。パンノンハルマという小さな町に着く。この国最古という修道院で、床から天井まで古書がぎっしり立ち並ぶ広い図書館を見る。神学校もならんで立つが、春休みでもあるのか人影はない。町中の床がたたき土間のような小食堂で昼食、パラチンタというクレープを食べた。名物らしいが特にうまいとも思わない。食後バスはさらにエステルゴムへ向かう。かつては王のいる都であったという。そこの高台にそびえる大聖堂を拝観する。中は壮麗荘厳、案内される教会や修道院は、どこも実に立派に見える。宗教を制限された社会主義の時代はいったいどんなだったんだろう。庭園に出る。眼下に町並み、そしてゆったり流れるドナウ、対岸はスロバキアだという。河は国をへだてながら大きく右にカーブしている。ここはドナウベント地方、すなわちドナウの曲がり角である。ウィーンから定期船でブダペストまで下ったのは1993年の夏であった。ここを通過したにちがいないのだが、河からこの大聖堂を見上げた記憶はない。そのかわり、6時間あまりの船旅でしこたまワインを飲んで、何度もせまいトイレに通ったのを覚えている。
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by mizzo301 | 2009-05-05 15:42 | エッセイ | Comments(0)

美術史美術館にて

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 古楽器コレクションのある王宮からリンクをへだてた美術史美術館へと、芸術品鑑賞のはしごである。なにせウィーン滞在はこの午後半日だけ、エッサホイサ・・。美術館鑑賞は足が疲れる。ここはそれに配慮して、大作の広間にはどの部屋にも大きなソファーがしつらえてある。人は好きな絵をソファーにかけながら、心ゆくまで眺めていればよい。かけたまま居眠りする人もたまにいる。入館者は多いが、ゆったりとした館内が混雑することはない。吹き抜けのドームを囲む広いカフェでは、クリームたっぷりのウィーン風コーヒー、アインシュペナーも楽しめる。日本の美術展にこののんびりおっとりとした雰囲気はのぞめない。そう思えば、ここの入場料10ユーロは実に安い。「英語おわかりですか。背中のザックをどうぞ前にしてお持ちください。盗難のおそれがありますので・・」と巡回の男性館員に声をかけられる。のんびりばかりでもいけないらしい。ブリューゲルの大作「バベルの塔」を眼鏡をかけた中年の女性画家が模写している。本物からほんの2メートルの距離にキャンバスを立て、左手のパレットにたっぷりと絵の具がとかれている。キャンバスの真ん中に竹の棒をぶら下げて、塔の傾斜を測っている。日本なら、国宝級の絵の前でこんなことが許可されるだろうかと思った。どの絵も描かれて何百年を経たとは思えない色づかい。Tさん別の大作「農民の婚礼」の前でしきりに感心している。「たいしたもんや・・たいしたもんや・・」彼が前に立つと絵がまたひとしきり大きくなる。不思議である。
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by mizzo301 | 2009-05-04 10:27 | エッセイ | Comments(0)