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<   2009年 04月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ウィーンは四年ぶり

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 ウィーンでの宿は市の南のはずれ、さまざまな温泉施設のあるオバラ・クアパークであった。市電が半円を描いて向きを変える、終点の駅である。ここの温水プールへは以前夏に泳ぎにきたことがある。昼食に食ったビュッフェのチキンとビールがうまかった。芝生にトドのような全裸をさらすおばさんがいたのを今も思い出す。ここではおいしいケーキの店がよく知られているが、Opaは食べたことがない。おいしいお酒の店でなくて残念である。今回は周辺探訪の余裕のない団体旅行であったが、宿の窓から見える森の日の出は美しかった。
 驚いたのは、リンクを環状運転していた1番と2番の市電が廃止されていたことである。今では1番はプラーター行き、2番も運河をこえて2区のどこえやら行きに変更されている。市電でリンクを一周して市中心部を観光しようという、同行Tさんとの知ったかぶりの約束が果たせない。環状運転は昨年十月に廃止、今年四月からはリンクトラムとして特別料金をとって、昼間三十分ごとに運行していると、帰宅後ウィーン市交通局のサイトで知った。普通は一回乗車1.7ユーロでできた市内見物に、6ユーロも払うことになっている。車内では液晶画面で名所案内や、イヤーホーンで解説を聞けるそうだ。観光が命のウィーン市、その商魂はなかなかのもんや。四年前に買った回数券の残りも、運賃値上げでそのままでは使えない。でも使っちゃった、ゴメンね。
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by mizzo301 | 2009-04-26 23:55 | エッセイ | Comments(0)

電波の事情

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 バスはボヘミアの森と草原を走り抜け、チェコからオーストリアへとすんなり国境を越える。手続きなしの越境はチェコのEU加盟効果の一つである。以前はいかめしい係官が列車に乗り込んできて、きびしくパスポートとビザを点検されたものである。国境を越えても中欧の平原地帯、かわりばえはしないが、走るうちに風力発電の風車が目立ち始める。エコの国やなあ、やっぱり田舎でもオーストリアは先進国の匂いがするなあ、なんて感心していると、ケータイにメールが入った。「ようこそオーストリアへ、Tモバイル・オーストリアは、最高品質のネット環境を24時間あなたに提供いたします。よきご滞在を・・」おお、なんとたのもしいウエルカム・メッセージ、通信インフラも完璧らしい。ますます先進国の匂いふんぷんと思ったとたん電波はプッツン。それ以後設定をいじくりたおし、リセットを繰り返すことヒャッペラペン、なにをやっても死んだふりである。電波はあるのに、「ネットに接続できませんでした」と片意地なひとことばかり。結局滞在中ケータイはまったく役に立たず、ウィーン出発の朝なぜか突然交信再開、おまえあほかといいたくなる通信環境を提供してくれた、Tモバイル・オーストリアであった。かいだ気になった先進国の匂いは錯覚で、白内障ばかりか、帰国したら耳鼻科で鼻も診てもらう必要があるのかもしれない。
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by mizzo301 | 2009-04-25 19:04 | エッセイ | Comments(0)

王の道の犬と男

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 旅先で犬を見かけると、つい家においてきたドンを思い出してしまう。相変わらずソーダ水のペットボトルをかみくだいて戯れているのだろうか。あるいは今頃、庭の小卓の下で雨をさけながら、尻からかりんとうをひねり出しているのだろうか。帰ったら一番にくびったまを抱いてやろうと思うのである。
 プラハの旧市街、王の道の石畳に犬をつれた一人の男がうずくまっている。物乞いである。突然おしよせた自由経済の荒波に、生活を飲み込まれた一人かもしれない。よごれた迷彩服で頭から身をおおい、背にずた袋、両手を前に組んで頭を垂れたまま身じろぎもしない。犬と男をはす向かいの軒下から眺めて小一時間を過ごしたが、その間一人の施しも無く、男の顔を見ることもなかった。犬はぴったりと男に寄り添い、通りすがりの人を見上げて同情を誘い、時には哀れな主人をいたわるような眼で見つめ、前脚にあごをのせて途方にくれるのである。男にとって、今この犬ほど大切なものはないであろう。もし今この犬が突然いなくなったら、男はどうするだろうとふと思った。
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by mizzo301 | 2009-04-23 12:15 | エッセイ | Comments(0)

百塔の町は今・・

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 スメタナの名曲「モルダウ」を聴いて、まだ見ぬチェコ・スロバキアという国にあこがれた人は多いのではなかろうか。何をかくそう、若き日のOpaもその一人であった。二つの国に分離した今では、チェコ、その首都プラハの人気が旅行者には圧倒的に高い。夢に見たモルダウのとうとうたる流れ、見上げればプラハ城の偉容、聖人像の居ならぶカレル橋、町中に目立つ数々の尖塔、まさに百塔の町といわれる所以である。中世以来の人智をつくして築かれたこの景観に、感動をおぼえない人はいないであろう。京都や奈良と同じく、戦災を免れたこの古都の風景はまさに人類の宝である。今回はパックツーということもあって、現地の女性日本人ガイドさんが蘊蓄をかたむけてくださった。ある聖堂でコンサートの張り紙を見た時である。話はこの国の経済におよんだ。EU加盟でビザ撤廃、圏内の交流物流は改善されたものの、ひ弱な体力でユーロ圏加入は果たせず、その上に世界大不況の追い打ちにあい、チェコの経済は今やひん死の状態にあるという。もちろん国民の生活が楽なわけはない。だがガイドさんの口から低賃金ワースト3を聞いて驚いた。一位はダントツで音楽家、次に教師、そして医師の順なのだそうだ。だが音楽家には、このように教会などでの演奏で副収入の道がある。なすすべを持たない教師たちはストに明けくれ、医師は十倍はかせげるドイツに出て週末だけ帰国するというのである。したがって国内の医療機関は信用失墜、入院は恐怖ですよとガイドさんは苦く笑った。政府や行政の怠慢が、社会主義時代の給与体系を改善せぬまま放置してきた結果だという。この国の人々がこの町の風景にふさわしい、ささやかなゆとりの生活を手に入れるのはいつのことになるのだろう。
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by mizzo301 | 2009-04-22 16:25 | エッセイ | Comments(0)

無愛想の古都プラハ

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 1979年の夏、初めてのヨーロッパ旅行でこの町を訪れた。社会主義政権下の時代である。町は深閑として人通りはない。旧市街広場に珍しく小さな行列が出来ている。のぞいてみると、リヤカーの西瓜売りにむらがる市民たちであった。宗教改革の主導者の一人、ヤン・フスの巨大な像が真夏の日差しをあびてむなしくたたずんでいる。今のこの町の喧噪から当時を想像するのはむつかしい。ようやく見つけたレストランで夕食、相席をしたプラチスラバの学生たちと飲んでホテルに帰った。こちらがいうのと違う鍵を老コンシェルジュが差し出す。違うというと、お前は確かにこういうた、と剣呑である。お前の発音が悪いからだと、さらに客をなじる。初めてのヨーロッパ、昨日までのウィーンや、同じ社会主義政権下のワルシャワやブダペストでもこんな露骨でいやな客あしらいにあうことは一度もなかった。
 1995年の夏、ウィーンから鉄道で再びプラハを訪れた。社会主義政権崩壊後のこの町を見て、一瞬眼を疑った。旧市街広場には無数のレストランやカフェテラスが立ちならび、露天の土産売りあり大道芸あり、ヤミ両替人やスリまでも多いという。大通りにはゴミやほこりが舞い、人であふれかえるがさつで無秩序な町へと大きく変容をとげている。ほとんどが無信仰というこの国の大群衆に無視されて、たたずむヤン・フスの像がますますむなしく見える。その日のレストランでレシートの請求額が多すぎるような気がする。よく見ると覚えのない飲み物が三品も書き加えられていた。ウエイターを呼ぶと、あっさり訂正して悪びれる様子もなく、仏頂面で金を受け取る。この日本人は合計だけを見て払いそうだと、なめられたのである。
 今回は中欧三都周遊のパックツアーで三度目のプラハである。相変わらずの人出、笑うなという法律でもあるのかと思わせる人々の無愛想な表情、そこにたたずむヤン・フス像のむなしい風情は相変わらずではある。だがそこに前回のようにたがが外れたような喧噪はなく、むしろ町のたたずまいにふさわしい落ち着きを感じさせる。いったいあの大騒ぎは、自由化の波に乗りおくれまいというチェコ人の一時のあせりででもあったのだろうか。閑話休題、無愛想な仏頂面をかきあつめたようなこの国で、カフカが不条理な小説「虫」を書いたのは何となく理解できる気がする。だが、いつも憂愁と優しさに満ちて人の心の琴線にふれる音楽を書いた、スメタナ、ドボルザーク、ヨゼフ・スーク、ヤナーチェクなどの作曲家たちも生まれている。この国の人々にどうしても好感を持てないでいる、Opaの不思議のひとつである。
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by mizzo301 | 2009-04-21 19:29 | エッセイ | Comments(2)

ちょっとどっこい中欧へ

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 バイオリン屋のTさんと二人で、ちょっとウィーンあたりへ行ってきます。海外へちょっとなんて、ぜひいうてみたかった。今回はプラハ、ブダペストにも行く八日間添乗員つきのパックツアーである。個人旅行のようなわがままは許されないが、荷物の面倒からチェックインまであなた任せの気楽がある。食事も目移りして迷うようなことがない。だまってくっついて行けばまちがいなく何かにありつける。ヨーロッパ旅行は初めてというTさんは、さすがに気分の高揚をおさえがたいようで「ドイツ語のこんにちははどないいうねん」「お金はなんぼ持っていくねん」「関空行きの電車は何分や」などと、ちょっとうわずった声で何度も電話をしてくる。出発は明後日である。白内障でめぐるヨーロッパ旅行、大いに楽しみではあるが、12時間の金縛り空の旅と、帰国後の眼の手術を思うと憂鬱になる。
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by mizzo301 | 2009-04-11 11:46 | エッセイ | Comments(1)

パスポート取得今昔

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 十年ぶりにパスポートの更新をした。パスポートセンターりんくう分室は、泉南随一の高層ビル、ゲートタワー17階にある。窓から関空の彼方に淡路島、明石海峡大橋、神戸市街まで見渡せる眺望の大サービス。明るいオフィスで三人のお姉さんが愛想よく応対してくれる。手際よく手続きが進行する。気持ちがいい。毎日パスポートの申請に来たいと思った。
 はじめてパスポートを取得したのは1977年である。大阪府庁の陰気な一画にあった受付は、人であふれていた。すでに渡航ブームのさなかである。窓口の係員はみんな横柄でいばりくさっていた。その頃は、さしあたっての渡航先を記入させられた。申請者に無用の手間を課して、もったいをつけていたのだろうか。自分たちがお前らを海外へ行かせてやるのだ、という態度である。その日は激しい二日酔いで、人いきれのなかで何度も嘔吐しそうになった。こんな所、二度と来たくないと思ったものだった。
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by mizzo301 | 2009-04-08 18:21 | エッセイ | Comments(0)

さくらが満開だ

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 夕方、満開のさくらの下で犬をつれた若い夫婦を見かけた。幼子を抱いた母親にカメラをむける父親。自分にもこんな日があったなと、ふと思った。
 翌朝おそく、同じさくらの道を犬をつれて歩いた。小学校の入学式に向かうらしい親子に、三組出会った。ひと組は母親に手をひかれた女の子、二組は若い両親と男の子である。火曜日、平日なのに父親も仕事を休んできたのだろうか。
 入学式の講堂で母とはなされて、べそをかきながら保護者席の母の膝にすがりにいった日のことを、ふと思い出した。
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by mizzo301 | 2009-04-07 18:51 | エッセイ | Comments(0)

ヒショータイってなに?

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 この二三日、テレビで聞き慣れない言葉がとびかっている。ヒショータイってなに?非正体、それとも卑小体?ちゃうねん。日本に向かって飛んでくる非招待の物体の正体を、飛翔体というらしい。もうひとつゴタンチ、逆にいうとチンタゴ、意味ないけどなんやらおかしい。いずれもかの国が今日にも打ち上げるという、よくできたミサイルに、政治家さんたちが大あわてして生まれた珍語、いや新語らしい。この日本の組織的ドジとドタバタを見て、かの国の将軍さま並びに人民各位はおおいに笑っているにちがいない。おもろいのは大阪だけとちごたんや、日本はどこでも吉本なんやと思ったにちがいない。退屈したら、ミサイルを上げるぞーっ、いうたらええねんと気づいたにちがいない。
 なんでも、よく出来たミサイルを日本の空へ打ち上げてくれるらしい。列島をまたいでかけらを二個も海へ落としてあげるという。うまくまたいでくれたらええけど、お宅この前の実験に失敗してはりますやん。むかしボットン便所またぎそこねて、足つっこんだことあるけど、ミサイルの日本またぎそこねはそれでは済まん。ハッと気づいて打ち上げを止めてくれたらええけど、無理やろなあ。マイクつばだらけにしてしゃべってる国営放送のおばちゃん見てたら、残念ながらそんな人らやないことがようわかる。
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by mizzo301 | 2009-04-05 12:54 | エッセイ | Comments(0)