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やられたあーっ!

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 朝寝は気持ちがいい。こう寒くなってくるとなおさらである。年寄りは眠れないなんて誰のことかと思うほど、Opaは朝寝坊が好きである。時には朝寝と昼寝が合体することもある。用のない老人が早起きをして、勝手にうろうろするのは目障りであろうし、それだけで世間の迷惑であろうとOpaは考える。ゆえにあえて早起きはしない、のではなくて出来ないのである。いつまでも布団にくるまってまどろんでいたいのである。それでもようやく起きてすることといえば、仏壇のほこりを上目づかいに見ながら灯明と線香をあげてちーん、なんまんだぶ。次に百尾が一年でついに四尾になった金魚の点呼と餌やり、日課はこれでおわる。後は気の向くまま一日中遊び暮らせばよいのである。楽しい。こんな事なら、中学生で老後を迎えたかった。実はこの遊び相手選びを毎朝、朝寝の布団で夢うつつに思いめぐらしているのである。釣り、パソコン、庭いじり、バイオリン、テレビゲーム、酒、料理、人間、エトセトラ、どうもつき合いが広すぎる。みんなとつき合うには、学校のように時間を限ればよいが、遊びにそんな窮屈はしたくない。さてどうする、うつらうつら。そこへ階段を駆け上がる犬の足音、あっという間にベッドに飛び乗りホップステップジャンプ、顔中をなめ回される。それに耐えてぐずぐずしていると、布団に小便、床にウンチのダブルパンチ。こうして今朝一番の遊び相手は、必然的に愛犬ドンで決まりであった。
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by mizzo301 | 2008-11-28 12:46 | エッセイ | Comments(0)

「出玉」が読めない

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 麻生総理大臣のちょっとした言い間違いが話題になっている。かつての森首相も、施政方針演説で「IT革命」を「イットかくめい」と読んで失笑を買ったという。八年ほど前のこと、当時なら一般人でもそう読みそうな単語である。だれにでもおこりそうな間違いが、首相というだけで騒ぎになる。ちょっとしたミスさ。総理の国語力を問うほどのことでもないでしょう。一方、「日本の侵略は濡れ衣・・」という航空自衛隊のトップがいるかと思えば、「関東の大災害はチャンス・・」ととらえる兵庫県知事もいる。こちらこそ言い間違いではないかと、我が耳目を疑いたくなる。
 さてOpa、パチンコ屋の看板で「出玉」の読み方がわからなくて何十年も悩んでいたが、今たまたま「デダマ」と入力したら、一発でヒットした。さてはデダマであったかと、念のため辞書をひくとこれがない。以前から何人ものパチンカーに聞いても、わかりまへんとすげない。これは黙読専用の単語なのか。麻生君ならなんと読む?ミゾーユーな読み方を教えてほしい。また国会中継などを楽しくするために、こういうのをハンザツにフシュウしでくれるとうれしい。あれっ、君を弁護するつもりで書き始めたのに、おちょくってしもたかな、ごめんやで。
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by mizzo301 | 2008-11-16 18:34 | エッセイ | Comments(0)

桂米團治の百年目

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 桂小米朝の米團治襲名披露興行をTVで見た。大名跡をつぐとあって、京都南座は大いに華やいでいる。先達名人連の口上があって、いよいよ桂米團治の初高座である。演目は「百年目」そのまくらに彼は船場吉兆を語った。使い回しという、究極のリサイクル料理を考案した老舗料亭である。おかみと長男が雁首をそろえた弁明のテレビ場面は全国の失笑を買い、店はつぶれた。それを米團治は、初高座の笑いのネタにした。人間国宝、米朝を父に持つ自身の複雑な思いを、吉兆親子にだぶらせて笑いをとろうとしたのである。吉兆親子はテレビで狼狽し、それは滑稽でもありまた見るも哀れな情景でもあった。 だがそれを高座で聞いてOpaは笑えなかった。また客席の笑いも大きくはない、ほんのつきあい笑いのように思われた。聞きたくないものを聞かされたような、なぜかそこはかとない不快感を抱いてしまったのはOpa一人であろうか。もちろん吉兆親子に同情するわけもなく、理由は漠然として説明しがたい。米團治の何がそうさせたのかはわからない。だがその原因が、彼の語りにあることだけは確かである。続けて見事な「百年目」を聞かせただけに、そのもやもやが余計に残念である。
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by mizzo301 | 2008-11-07 18:44 | エッセイ | Comments(0)
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 この頃、何気なくつけたテレビの番組に見入ってしまう事がよくある。1947年ロシア生まれのピアニスト、ヴァレリー・アファナシェフを追ったドキュメントもそんな一つであった。旧ソ連のさまざまな抑圧の中での学生時代、偶然に聴いた一枚のレコード、日本の謡曲に心を突き動かされる。さらには露語訳の徒然草や源氏物語など古典に読みふけり、その美学に心酔して行く。やがて魂の自由を求めて亡命、パリで夢に見た西側の豊かな生活を享受する。だがはびこる商業主義に幻滅、求める真の自由がそこにはないことを知り、もののあわれを求めてますます内省を深くする。ついには日本を旅し晩秋の京に遊ぶ。、源氏物語絵巻に見入り、夕顔を舞う能舞台の幽玄に酔いしれたピアニストは、能役者との鼎談で、音の中に無を感じフォルティッシモに静寂を聞くという。洗面器の湯で手を温め、庭に向かって開かれた古寺の障壁画に囲まれて、端然とシューベルトを弾いて番組は終わるのである。親しい人々にも真実を明かせぬまま果たした亡命、恩師ギレリスの墓にそれを無言でわびるピアニストは、もののあわれを求め続けて、ますます孤独を深めていくのだろうか。わが古典をもないがしろにしたまま、知ったふりをして西欧のあれこれを語るおのれの尊大な心に、ずしりと重い番組であった。
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by mizzo301 | 2008-11-04 12:27 | エッセイ | Comments(0)