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<   2008年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

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 ようやく確定申告を済ませた。国税庁が簡単ですよと鳴り物入りで宣伝するe-Taxである。過去二年の経験上、簡単に電子申告が出来ると高をくくっていたらひどい目にあった。ダウンロードしたソフトが自動計算をしてくれない。それが売りの電子申告なのにどうして?税務署に電話で問い合わせた。「それは何か不具合がありますね。それではああしてこうしてこうなって・・・」電話で複雑な手順をいわれても・・、それより不具合を早く是正しろよ、ムッ。出鼻をくじかれた思いである。その時はそのまま放り出して、裏庭のメジロや近所の犬と遊んで数日が過ぎた。だがいつまでも放っておくわけにもいかぬ。気を取り直してパソコンに向かう。気乗りのしない国税庁のホームページ訪問、確定申告書作成コーナーから、送信までの手順をプリントすること11枚。プリントと首っ引きでパソコンを操作、ようやく確定申告の義務が果たせた。来年は納税者の出鼻をくじかぬよう、自動計算機能をちゃんと整備してや国税庁のおっちゃん。
 こちらの理解度を別にすれば、税務署の電話応対はとても懇切丁寧、やさしいのである。昔は税吏といえば泣く子もだまるといわれたが、これじゃ泣く子も笑うほどの変わりようである。そういえば先日、年金手続きで社会保険事務所を訪ねたが、やはり応対は丁寧をきわめた。受付の中年男性がすっくと立ち上がり、ご用件を承りますといいながら順番待ちの番号札をさっと手渡してくれる。これは年金問題の後ろめたさの裏返しではと思ったものだ。とにかく無事めでたく納税義務を果たしたわけだが、雀の涙ほどのOpaの納税額では、税金の無駄遣いはおろか、小吏の裏金工作のお役にも立ちそうにない。
by mizzo301 | 2008-02-28 19:15 | エッセイ | Comments(0)

メジロの糞で金魚が昇天

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 裏庭の蜜柑をついばみに来るメジロの糞が、金魚のいる睡蓮鉢に蕭々と落下する。泡立つ水を見て、何とかせねばと案じた翌朝、雨戸を開けると金魚がたくさん浮いている。しまった、昨日すぐに水替えをすべきであった。あわてて濃いめの塩水で金魚の集中治療室を設け、全員を収容したがすでに手遅れである。元気を回復した五尾をわずかに残し、後はみんな昇天してしまった。なまくらな年金生活者が一夜手をこまねいたばかりに、金魚たちを見殺しにしてしまった。メジロの糞、その殺傷力や恐るべし。
 元気な金魚が百尾、我が茅屋に到着したのは昨年九月二十三日、秋分の日の朝であった。水草をかいくぐって元気に泳ぐ大量の金魚を愛らしいと思った。だが翌日から数尾単位で死に始め、数日で約半数にまで減ってしまった。それは酸素不足ですよと人に教えられ、あわててポンプを買った。以後は滅多に死ぬこともなくこれまできたのである。それが突然一夜にして五尾にまで減ってしまった。五ヶ月で九十五尾も失ってしまったことになる。犬や猫であれ魚であれ、生き物は飼えば我が子のように愛しい。なのに金魚たちを死なせたのは、小さな物の命を軽んじた飼い主Opaの怠慢である。熱心な仏教徒であった母方の祖父が、その昔幼いOpaに幾度も説いた殺生戒、一寸の虫にも五分の魂を忘れたわけではないのだが・・・
by mizzo301 | 2008-02-24 08:23 | エッセイ | Comments(0)

メジロの季節

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なぜか底冷えの季節に、毎年メジロがやってくる。冬は自然界の獲物が少ないのか、人里の甘い誘惑には勝てないようだ。小雪の舞う裏庭で、紅葉の小枝に刺してやった蜜柑をしきりについばむメジロを、朝の食卓から眺めるのがこの季節の楽しみである。甘くジューシーな物を好む風で、蜜柑とリンゴを並べてやるとまず蜜柑をつつき出す。そこへメジロの数倍もあるいじめっ子風情のヒヨドリが飛来すると、大あわてで隣の金柑の茂みに姿を隠す。ヒヨドリがひとしきりリンゴをついばんで去ると、またメジロが金柑の茂みからおずおずと顔をのぞかせて、あたりを気にしながら蜜柑をつつき出す。食いながらピシャッと糞をひる。真下は金魚のいる睡蓮鉢である。だがあまりにはかないメジロの糞はすぐに溶解して見えなくなる。それには金魚たちは丸で気づかぬらしく、みんな呑気な顔で泳いでいる。だが見ているとメジロの糞投下はそんな生やさしい事ではなかった。一日中、時には二羽三羽と連れだって来ては、蜜柑をつつきしきりに水面へ糞を投下する。睡蓮鉢の水は、元米国副大統領ゴア氏のいう、不都合な真実の猛攻に晒されているのである。このままだと金魚の住み家はメジロの糞の濃い水溶液となってしまいそうだ。やがて金魚たちに重大な健康被害を与えるかもしれない。ならば餌の位置を変えてやればいいのだが、それでは餌をついばむ小鳥の姿が食卓から見えにくくなる。それはOpaにとって不都合な真実である。かといって、移動させるには睡蓮鉢は大きくて重すぎる。さてどうしたものか。薄日の差すガラス戸の内側で、寝ぼけまなこの年金生活者が、春の足音を間近に聞きながら今日もまどろんでいる。
by mizzo301 | 2008-02-20 01:21 | エッセイ | Comments(0)

黄色い大地

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 酒が飲めない。大腸ガン手術の入院前夜に飲み納め、退院の夜から飲み始めた酒である。それを今は一滴も欲しいと思わない。悪いものを食った覚えもないのにひどい下痢である。乾いた口に白湯を一口流し込むと、とたんに胃腸の奥がグルルとなって黄河が渦を巻き、体内を流れ下る。肛門ダム決壊直前トイレになだれ込む連続である。多少の運動にもなって昼間はまだいい。夜が怖い。黄河の激流に寝込みを襲われた肛門ダムはあえなく決壊、寝具は汚物にまみれる。いやケツ論をいうなら、まみれたのである二度も・・。はっと気づいて体を起こそうとするがイテテッ、腰にまさかの激痛。腰痛をなだめながら汚れた寝具を抱えて夜中に右往左往、実に情けない。これでは睡眠もままならぬ。そこで一計、ポリのゴミ袋に穴を二つ開け、はいて寝ることにした。これなら安心、黄河の激流で寝具を汚す心配がない。これで安眠は約束されたと思った。甘かった。心ならずもポリ袋に黄河の決壊を許すや、肛門ダム付近に広がるそのべとつき不快感には格別なものがある。そのまま片時も居れるものではない。これを二度も繰り返すと、人生がいやになるほどの絶望感に襲われる。
 かつてOpaの父を含む帝国陸軍は、昭和天皇の御名のもと中国を深く犯した。補給のない前線にあっては時に良民の田畑を蹂躙したという。泥つき芋や籾米をかじり、大甕のどぶろくをあさり、さらに池川の泥水を飲んだのである。兵は軍服の内側に下痢の軟便を垂れ流しながら幾日も行軍したという。かくて皇軍は黄軍となり、行く先々の大地を黄色く染め上げたという。それに比べれば平成の御代、惰眠をむさぼるベッドのシーツをわずか数センチ黄色く染めたくらいで、世をはかなんでもいられない。ここはひとつ気を取り直し、黄河の恵みをこぼさぬようにゴミ袋パンツの裾をつまみ上げ、腰痛をこらえながら階下の風呂場へ向かう未明の行軍を繰り返すOpaであった。
by mizzo301 | 2008-02-14 12:14 | エッセイ | Comments(0)

映画「最後の橋」

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 「最後の橋」、高校時代に見た映画の題名である。舞台は第二次大戦さなかのバルカン半島、そのラストシーン、深い谷の両岸に対峙する独軍とパルチザン、谷に架けられた吊り橋の上で力尽きる一人の従軍看護婦、その瞬間を待ちかねたように両岸からわき起こる激しい銃撃戦、高校生Opaの受けた衝撃は鮮烈であった。オーストリアの女優、マリア・シェルを初めて知った映画でもある。何とかもう一度見たいと願いながら、叶わぬままに半世紀が過ぎた。インターネットを手繰ってみた。原題「DIE LETZTE BRÜCKE」1954年、オーストリア・ユーゴ合作、監督ヘルムート・コイトナー、1954年カンヌ映画祭で国際賞、主演女優マリア・シェルに女優演技賞、ベルリン映画祭その他でも数々の賞を受けたという。当時から名画の誉れが高かったのである。ネットの書き込みなどから察するに、この映画のリバイバルを熱望する年配者は、Opa一人ではないようだ。どなたか良い情報をお寄せください。もう一度この映画を見ずにぼけてしまいたくない。
by mizzo301 | 2008-02-08 16:31 | エッセイ | Comments(28)