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<   2008年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

反捕鯨の時代

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 鯨のベーコンが好きだった。子供の頃はそれをベーコンだと思いこんでいた。豚の脂身を熟成させた本物のベーコンとは似て非なるものである。だがそんなことを知ったのはずっと後、大人になってからである。鯨のベーコンは貧乏人の食卓を飾る安い食品のはずであった。それが何時の間にやら高騰、今ではまるで贅沢品である。めっぽううまいと聞く鯨の尾の身やさえずりをいつかは食ってやろうと思っていたが、今では儚い夢である。世界的な反捕鯨志向がそうさせたのである。日本の調査捕鯨までが反捕鯨国の標的にされ、過激な活動家の妨害を受けている。だがアメリカなどは、自国民の捕鯨やアザラシ猟は認めながら反捕鯨だという。二重基準を設けるとは何とも得て勝手な反捕鯨である。
 その昔長崎の壱岐で、漁の邪魔になるいるかを漁夫たちが大量に捕殺したことがあった。大きく報道されてさすがにその後は行われなかったようではある。そんな海へ果敢にボートを漕ぎ出して、漁夫の妨害をした一米国青年がいた。その彼が動物虐待を難じ、いるかや鯨は賢いから殺してはいけないのだと、行動の理由をテレビで語っていたのを思い出す。ならば牛や羊は馬鹿だから食ってもいい、というのだろうかと思ったものである。食料になる生き物をその能力で判別するならその前に、鯨から鰯、牛馬から蛙にいたるまで食用になる動物全員に一斉学力テストを実施しなければその判断は難しい。ついでに人間もそのテストを受けたなら、Opaなど食われる側に回されるにちがいない。
 捕鯨禁止のあおりが思わぬところにも及んでいるという。ヨーロッパでバイオリンの弓のグリップに巻く、鯨の髭が不足しているらしい。日本からの輸入が激減したのであろう。弓の木部に汗がしみ込むのを防ぐために、昔から銀や皮などと共に鯨の鬚がよく用いられたのである。最近はプラスチックのイミテーションをよく見かけるが、まき直すとすぐに折れるそうだ。やはり鯨の鬚でないとだめだという。また日本では、文楽の頭を操作する索具が、今でも必ず鯨の鬚でなければならぬという。時計のゼンマイ、からくり人形のバネ、釣り竿の先端、物差し鯨尺などと我が国は鯨の鬚を重用した歴史がある。幸いその鯨の鬚、人の爪や髪の毛同様伸び続けるそうである。いわば鯨の無精髭である。捕鯨がだめなら、南氷洋で巨大なカミソリを操作駆使して、鯨の鬚を剃れないものか。それを持ち帰るだけなら捕鯨にはならないだろう。一方無精髭を剃り落としてもらった鯨たちもさばさばとした気分を味わえて、日本の髭剃り船団に感謝するだろう。この国の技術力をもってすれば、実現可能な気もするのだけど・・
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by mizzo301 | 2008-01-30 16:57 | エッセイ | Comments(0)

随想「石楠花」

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 故櫻井武次郎君の奥様、町子さんから随想「石楠花」をご送付いただいた。闘病中に武次郎君自身が用意した遺稿集を、一周忌を機に出版されたということである。一気に読了、生前の武次郎君の野太い声を耳の奥に聞きながらの読書であった。あらためてこみ上げるものを抑えるのに、一年の月日はあまりに短い。
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by mizzo301 | 2008-01-23 19:03 | エッセイ | Comments(0)
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 ウィーンの名門ピアノ製作所ベーゼンドルファーをヤマハが買い取るそうだ。今朝の読売新聞を読んで驚いた。ベーゼンドルファーのピアノは、シュタインウエイ、ベヒシュタインと並ぶ世界の三大名器といわれる。売るのは年間わずか350台、他に最近はスピーカーも作っているらしい。店舗はその名もウィーンはベーゼンドルファー通りにあって、古い伝統を思わせるたたずまいは慎ましい。いつの頃からかウィーンに進出したシュタインウエイがリンク沿いの国立オペラのすぐ側に店を構え、市電の窓からいやでも目に入る、きらびやかなショウルームを構えるのとは対照的である。そのつましいヨーロッパの名器を、日本のヤマハが買い取ることには、現地に少なからぬ反発もあると新聞はいう。ヤマハといえば楽器の外、スポーツ用品、住宅設備、バイク、自動車部品、ボート、半導体に至るまでを手がける巨大企業である。だがピアノに関していえば、ミケランジェリなど一部の巨匠を顧客にした程度で、先に述べた世界三大名器の足下にひざまずくのが精一杯ではなかろうか。 総資産5500億円超のヤマハにとって、23億円のベーゼンドルファー社は安い買い物に違いない。金があるから何を買ってもよいというのでもあるまい、などと貧乏人の遠吠え。ウィーンの魂などというものも、所詮金には敵わぬということか。せめてウィーンのベーゼンドルファー通りがヤマハ通りに改名されることがないように祈ろう。万が一そんなことにでもなれば、恥ずかしくて日本人はウィーンの街を歩けない。
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by mizzo301 | 2008-01-17 23:42 | エッセイ | Comments(0)

パソコンの逆襲2

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 連日パソコンに手を焼いている。壊れた自作二号の跡継ぎにと考えていた自作三号も不調である。二号から取り出したハードディスクを読み取れない、文字化けはする、ソフトのインストールは拒絶するなど、だだのこね放題である。こうなれば有無をいわせず、OSの再インストールしかなさそうである。だが二号のハードディスクから貴重なデータを取り出さないと、うっかり三号のフォーマットも出来ない。おまけに画像と音楽ファイル満載の外付けハードディスクまでが不調で電源が入らない。これじゃ臭いブログの更新も不可能である。Opaのいらいらは最高潮、ええい面倒だ、四号を買ってしまえっ。程なくショップブランドの四号はやってきた。デュアルコア2,双頭のマシンである。最強とまではいえないが、2ギガのメインメモリにニゴロのグラボ搭載、過激なゲームもこなせる実力の持ち主である。Opaゲームをやる気はないが、マシンが速いにこしたことはない。早く普段使いのパソコンになってくれい。早速壊れた二号のハードディスクを新入りの四号にUSB接続、見事その中身が全て画面に現れた。動作は極めて機敏、体感速度も心地よい頼もしい野郎だ。安堵の胸をなで下ろして、主要なデータファイルを四号に無事コピー。次は壊れた外付けハードディスク、ケースをぶっ壊して中身を取り出し四号に繋いでみた。うれしや、音楽ファイルや撮りためた写真のファイルが、これまた無事に次々と画面に現れて、代わりにへそくり通帳の十万円が忽然と消えた。
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by mizzo301 | 2008-01-16 14:36 | エッセイ | Comments(0)

パソコンの逆襲

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 元旦にパソコンが死んだ。正月早々縁起でもない。2003年に組んだOpa自作二号である。年賀状の作成、銀行、郵便局、年金の受け取り確認、所得税の申告、電子マネーのチャージなどの他、直接一万円札を吐き出す以外の仕事は何でも器用にこなしてくれた。敏腕の会計課長まさかの急逝である。急遽窓際の係長、自作三号にその肩代わりをさせるべく設定を開始した。それら全てを急に三号にやらせようというのである。二号の死は果たして脳死か心肺停止によるものか、そこで二号を司法解剖したところ、少なくとも脳死では無いことが判明した。人の海馬に当たるハードディスクに生前の記憶が無傷で残っていたのである。ところが三号はかたくなで、USBでつないだ二号の記憶をなかなか受け付けようとしない、ソフトのインストールは拒絶する、あの手この手でOpaを手こずらせる。あまり二号を可愛がり過ぎたかして、三号はすねきっているのである。一号はというとこれはもう年をとり過ぎて・・、いや、人ではない、パソコンである。誤解しないでいただきたい。そこですねる三号をなだめすかし、何とか通常業務に耐えるところまではこぎつけた。だが彼女、どうも挙動不審で心許ない。普段から愛の記憶をもっと平等に分かち与えるべきであった。後悔先に立たず。この上は新しく健康な四号を育て上げ、日常の安心を得るしかない。だが何事にもひがみもすねもせず、キシキシと軋みながらけなげにインターネットに励む老機一号もいる。さらに四号まで囲うには、かなりの甲斐性がいる。お札を吐き出すパソコンの開発が待ち遠しい。
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by mizzo301 | 2008-01-08 10:31 | エッセイ | Comments(0)

初任給の時代

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 1962年の春、K響に入団する。市電乗車賃、あんパン十五円、出雲路橋東詰でお昼の定食六十五円、タクシー初乗り百円、バイオリン弾きOpaの初任給は確か一万六千円であった。安月給である。昭和六十三年刊、週刊朝日編集の「値段史年表」によると、その年の国家公務員の初任給が一万五千四百円とある。公務員や教員の給料が極端に低い時代ではあったのだ。そういえばデモシカ先生などという言葉があった。先生にでもなるか、先生にしかなれないという意味である。それでも初月給は嬉しかった。なぜか当時、楽団の給料日は毎月四日であった。入団した途端に月給を受け取った覚えがある。その日は四条大宮のスター食堂二階で、黒ビールの小瓶とビーフカツを頼んで、京の街を行き交う雑踏を眺めながら一人で初月給を祝った。その頃四条大宮は、阪急電車のターミナル駅であった。
 バイオリン弾きの給料は安かったけれど、在団中の経験は何にも代え難い。世界の一流奏者や指揮者との出会いである。ボストンポップスのアンドレ・コステラネッツ、チェロのカサード、大指揮者パウロ・クレツキー、ベルリンフィルのミシェル・シュヴァルベ等、中でも「剣の舞」で知られるハチャトリアンと名バイオリニスト、レオニード・コーガンとの共演は忘れがたい。それはコーガンの弾くバイオリン協奏曲を含めた、オール・ハチャトリアン・プログラムであった。この老作曲家はおそらくロシアから持参したのであろう煙草を口にくわえ、悪臭に近い煙をまき散らしながら練習の指揮をする。前の方の団員は大いに迷惑であるが、天下のハチャトリアンにはさすがにそうともいえない。あるいはこの老大家が自ら自作を振るという、まれな演奏に加わる喜びの方が大きかったのかも知れない。演奏会は京都、大阪の二公演で盛況のうちに終わった。バイオリニストのコーガンはその後、ソ連国内を移動中の列車内で心臓発作をおこし早世している。当時ソ連の楽壇を支配したゴスコンチェルトの課した、過重な演奏スケジュールによる過労死とも伝えられる。舞台の袖で口元をゆがめて楽器を構え、猛烈なテンポで多様な重音のスケールを繰り返し練習するコーガンの姿を、今も鮮やかに思い出す。
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by mizzo301 | 2008-01-04 19:47 | エッセイ | Comments(0)

謹賀新年

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 おせちを買った。隣町の寿司屋で二万五千円,詰め合わせが美しい。黒豆には金粉を散らしてある。金粉を食って金糞を出すお正月。新年おめでとう!
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by mizzo301 | 2008-01-01 19:35 | エッセイ | Comments(0)