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<   2007年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

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 60年も昔の事である。登下校の学童が立ちションをするのはごく当たり前の光景であった。またその頃は、学校に入ったばかりの女の子が、道ばたでしゃがむ光景もさほど珍しくはなかった。Opaは子供時代、先生の立ちションも目撃したし、年配の女性が路傍で中腰ションをしている光景だって知っている。男の子たちは気絶した赤腹イモリを取り囲み、小さなピストルでオシッコを振りかけて蘇生させたり、オシッコを掌で蜂刺されに塗りつけたりしたものである。という風に、かつて日本の立ちション文化は豊かであった。しかも小便後の手洗いなどという偽善をなす者は誰一人いなかった。だが70年の大阪万博を機としてか、人類の進歩と調和はめざましく、小便後は手を洗うという思想が蔓延していく。かくいうOpaもいつの間にか成人の課程で思想的転向を果たし、今では熱心な手洗い信者である。だが信教の自由は別として、手を洗わずに駅のトイレを立ち去るサラリーマンが多いのには驚く。かといって神経質になりすぎると、電車のつり革もエスカレーターの手すりも触れない。持つべきか持たざるべきか、ジレンマに悩む手洗い教徒は多いにちがいない。米国公衆衛生学会での報告というのを最近ラジオで聴いた。アメリカで球場や水族館のトイレに調査員を派遣して6000人を対象に調べたところ、男性の三人に一人、女性の八人に一人が手を洗わないそうである。これを知れば、握手すべきかせざるべきか、アメリカにもジレンマに陥る手洗い信者がかなり居そうな気がする。
 十年ほど前にウィーンのある地下鉄駅トイレで小用をたした。さて手を洗おうとすると手洗いの水道が無い。まさかと思って狭いトイレを探索するがやはり見あたらない。歴史と音楽で万人が憧れの都ウィーンで、ちょっと信じがたい体験であった。だが現存するモーツアルトやベートーベンの住居にあまりトイレが見あたらない。多くは共同使用か部屋に容器を持ち込んだのではあるまいか。しかも現代のような上水道はなかったであろう。あるいはベートーベンは用便後、その手のままオーガスタフォスター社のピアノに向かい、月光のソナタを仕上げたのかもしれない。もしその手でパンをかじりコーヒーを飲んで作曲に専念したのであれば、第九交響曲をはじめ彼の数々の傑作誕生の陰で、彼を病気にもせず永年暖かく見守り続けてくれた、大腸菌その他無数のバイキンマン達に感謝せずにはいられない。
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by mizzo301 | 2007-09-30 19:13 | エッセイ | Comments(0)

墓参道中

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  もうお彼岸だというのに異常に暑い。丸で真夏の太陽に灼かれながらの墓参である。しょぼくれた供花を抱え、ペットボトルの水を飲みながら天王寺駅から一心寺へ歩く。帽子の下の禿頭から汗がしたたり落ちる。門前はこの暑さの中善男善女で大賑わい、老人がやたら目につく。托鉢僧の姿もある。骨仏供養の人々でごったがえす大香炉をすり抜けて、なぜか頭が小さく欠けたOpa家の墓石に至る。父は生前、縁起をかつぐ博徒の仕業にちがいないとよくいっていた。墓石のかけらを袂に隠しておくと、賭場でつきが回るのだそうだ。墓石が暑さで干からびて見える。とりあえず手桶の水を頭から浴びていただく。無類の酒好きも眠っておられる。冷酒の方が良かったかも、Opaの時にはお願いしたい。花と線香を手向けてなまんだぶ。ペットボトル飲み干す。義理を果たした気分満点、Opaの罰当たりめ。
 谷町筋を東に渡って再び駅へ向かう。コンビニで水のペットボトルお変わり購入。駅とお寺の往復で水1リットル。こちらは四天王寺参詣の群衆である。それが屋台の呼び声に足を止めながらのそぞろ歩き。アーケード街に露天が軒を連ねる。あっ、露天に軒は無かったっけ。日用品、革細工、あやしい骨董、経木と高野槙、たこやき、乾物屋、エトセトラ、それに本来の商店街の店からも客寄せの声が騒々しい。だがこの雑踏に天王寺参りの楽しみがあるのはよくわかる。ある乾物の屋台でうまそうな干しエビを見た。目ざとい店のおやじが買えとしきりに勧める。大きな手でかき寄せるようにして、干しエビを升に盛り上げ千円だという。危うく買いそうになったが、ふとある想念がOpaの脳をかすめて止めた。このおやじトイレで手を洗ったかな・・。
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by mizzo301 | 2007-09-26 16:09 | エッセイ | Comments(0)

つじつまが合わない話

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 裏庭の睡蓮鉢から金魚が消えた。大きな鉢に水草を入れて、一匹だけ泳がせていた。名は金魚の金ちゃん、安直な名付けようである。だが彼が悠然と尾を広げて水草の間を遊弋するさまは、どこか気楽な男の一人住まいに似て、見ていて楽しかった。餌の容器で鉢をこんこんと叩くと、水草の茂みから慌てて水面に浮上して餌をねだる。二冬を室内で過ごさせ、三度目の猛暑を夏痩せもなく乗り切った矢先である。鉢を小突いても姿を見せない。いくら水草をかきわけても見あたらない。さては野良猫にでもさらわれたかと諦めて、とにかく鉢の水を替えることにした。水草を全部バケツに取り出し、柄杓で水をかい出した。 後少しというところで、鉢の底に薄く溜まった泥に埋もれるようにして、何やら赤い物が見える。つまみ上げてぎょっとした。金ちゃんの上半身である。瞳はまだかすかに黒い。豊かな尾を持つ下半身は食いちぎられてない。昨日まで餌をねだって、水面で口をパクつかせていた金ちゃんの変わり果てた姿である。猫が水中で魚を食いちぎるとは思えない。かといって、水中に金魚を食いちぎる魔物が潜むわけもない。金ちゃん惨死の謎は深まるばかりである。遺骸は桜の根方に弔って、とりあえず鉢に水を張り水草を入れた。だがいくら覗いても、そこには未だ戸惑いを隠せない老人の顔があるばかりである。
 たかが金魚の死で、確かにOpaは動揺している。自分で釣った魚の首を平気ではね落とし、皮をはぎ、身を切り刻んで食ってしまうOpaがである。どう考えてもつじつまが合わない。合わぬままに早速ヤフオクで金魚を買った。次の日曜日、小さな金魚が百匹Opaの庭にやって来る。つじつまを合わせている暇は無さそうだ。
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by mizzo301 | 2007-09-20 13:59 | エッセイ | Comments(0)

峨眉山にて,再見中国

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 峨眉山は、中国仏教三大聖地のひとつといわれる。標高三千メートルの頂を極め、山頂におわす阿弥陀如来にお参りをしようというのである。途中ロープウエイもあるにはあるが、その前後の登りが極めて苦しい。立ちこめる霧の晴れ間に金色の仏塔がそびえる。だが蓮華の裾に至る最後の大階段を前に、八老中四名が力尽きて倒れ伏し、辛うじて階段を這い登り、仏の御前に額ずくことができたのはOpaを含む四名のみであった。中国滞在最後の日である。かくて去来する感慨をもって、この旅は終わる。今は御仏の前で八老全員の道中これまでの無事息災を謝し奉り、残る帰国の旅路の安寧を切に祈願するばかりである。寺男の撞く鐘声を背に、大乗の僧、木夏先生の法話を拝聴しながら、Opa初めての中国の旅が幕を閉じようとしている。
 旅は道連れ、中国の名だたる景勝仏跡をどん欲に巡る、八老いたわり合いの旅であった。正直いって、今の中国を旅行するには不安な情報が余りに多い。おまけにOpa訳ありの腹具合や高山病に対する恐れ、更に突如勃発した家庭の緊急事態などをも背負いながら、敢えて出発した旅である。だが一旦解き放たれた旅心は、さすらう好奇心の塊となって行く先々をさまよい歩き、その全てが楽しかった。すでに中国再訪を思うOpaである。全てをコーディネートしてくださった香芝氏,Opaに楽しい旅をありがとうございました。また空気のような仲間たちの存在は、かつて九寨溝で買った80元の酸素より、はるかにOpaの旅の心音を整えてくれたことはいうまでもない。
都是托你們的福、謝謝!
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by mizzo301 | 2007-09-16 23:53 | エッセイ | Comments(0)

楽山大仏参拝

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  楽山大仏は岷江に面した大岸壁におわします摩崖仏である。千年以上の昔に治水を祈願して建立されたという。船着き場の駐車場に並ぶ土産物屋の客寄せが喧しい。辺りを黒い犬が一匹うろついている。出立の朝、ペットホテルに預けた老犬ドンを思い出す。拝観券は先ず岷江上の舟から遙拝、そして大仏側面にうがたれた石窟を抜ける急階段からの参拝がセットになっているらしい。日の照りつける船上は暑かった。それでもイケメン大仏を水上から見上げるようにして、取りあえずなまんだぶ。大仏側面につづら折れにうがたれた急な石段を下る人の列が見える。水上間近まで下って岩盤を横切り、また折れ曲がった危うい急階段を同じ高さまで登る、また下りそして登る。人々は丸で蟻の大仏詣でのように、黙々と一方向へと流れ行く。その光景を見て八老一同、汗のしたたり落ちる顔を見合わせ深い沈黙。暗黙の内に行動計画は変更された。その時は誰かが敢えて行こうなどといえば、帰国まで完全仲間はずれの殺気がみんなの目にあった。幸い愚かな犠牲者を出すことなく、バスはホテルに向かって出発した。中国は無宗教の社会主義国である筈が、現世利益を求める熱心な参拝者の、炎熱酷暑をものともせぬ大行列には驚くばかりであった。
 帰途の車中ガイドのTが、この地方は犬食が盛んだという。子犬を育て肥らせて食うのだそうだ。大仏巡礼のお後は餓鬼道か。さっき見た船着き場の黒犬も、その内誰かに食われるのかなあ。腹が減ってきた。さすがに旅の疲れか眠い。老犬ドンがこんがり焼き上げられ、目を閉じて大皿に座っている姿を夢うつつに想像してしまう。北京ドック?ZZZZ・・・
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by mizzo301 | 2007-09-12 16:45 | エッセイ | Comments(0)

国破れて山河あり

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 小雨に煙る杜甫草堂を訪れた。敷地は広く、成都の市中とは思えぬ鄙びた趣である。杜甫は700年代の人である。無論再建された遺構であるが、当時を忠実に再現しているという。杜甫といえば思い出すのは、国破れて山河あり、自慢じゃないが覚えているのはこの一節だけ、トホホである。だが始めてこの詩を知ったかつての中学生Opaは、戦時に生まれ、戦後緑豊かな郊外で育った自分の境遇に重ねて、この一節にいたく共感したものであった。帰国後、懐かしさのあまり改めて詩集を繰った。「国破れて山河あり、城春にして草木深し、時に感じて花にも涙を濺ぎ、別れを恨んでは鳥にも心を驚かす・・・」高校時代に習った漢文が、おぼろげに蘇る。半世紀の昔である。
 博物館という建物に案内された。ここからは専門のガイドがつくという。Sという中年の日本人男性である。ここを訪れる日本人のためにボランティアを勤めているという。建物に入ると先ず大きな飾り棚が二つ、紅玉碧玉の香炉や壺など玉器がガラスの向こうに収まっている。照明を浴びて実に綺麗である。ガイドのSが仰々しく白手袋をはめてガラス扉を開き、その内の紅い大きな玉器を一つ取り出した。なにやら説明をしたと思ったら、いきなりそれを一番前にいた芝羅氏に手渡すではないか。持って実感してくれという。手袋の学芸員が、素手の見学者に展示物を持たせる博物館なんておかしいやん。Sが続ける。この陳列品一式六点全てで百八十万円です、また一点だけでもおわけしますという。中国の農村は貧しい。年収五千円ほどの家庭がざらにある。子供達は学校で寝泊まりをして、出稼ぎの両親を待っている。ここでの売り上げは、困窮する彼らを救う浄財となると・・。さらに大広間へ入ると、そこには曼荼羅を初め、大量の書画骨董が並んでいる。博物館とは名ばかり、全て売り物である。八老一同、ここでもまんまと商魂の罠に嵌められてしまったのである。中国人口の内八億人が農民、平均年収が一万円ほどと聞いてはいる。子供を故郷に残し、都会の高層建築現場で、竹の足場に命を託す親たちもいるだろう。Sの言が本当ならば申し訳ないがどこかうさん臭い、どうも中国の何かと結託したたくらみのような気もする。もしそうなら、嫌な日本人である。八老一同進められるままに茶をすする。沈黙の長い喫茶タイム。さて今度はどうしてここを逃げだそうか、誰かおしっこ行きたくないの?
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by mizzo301 | 2007-09-09 16:29 | エッセイ | Comments(0)

押すな押すなの九寨溝

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 中国は空前の旅行ブームだそうだ。深山幽谷であるはずの九寨溝、実は岸和田だんじり祭りなみの人混みでごったがえしているのである。3年前に開設された空路の客だけでなく、成都から12時間以上のバス旅をものともせず人々が押しかけるという。渓谷沿いの小径は人でひしめき合い、所によっては押されて桟道から渓谷に転落せぬよう細心の注意が必要だったりする。周りの景色どころではない。入山制限をしてこれだというから驚く。そんな大混雑で、ピースサインを決めて命がけで写真を撮ろうとする人たちもいる。わけわからんのである。とにかく小日本八老隊は、どこでも大中国旅行軍団の群れに圧倒されっぱなしであった。
 これは明らかに中国経済急成長の証であろう。人口13億人、その内一足お先に豊かになったニューリッチと呼ばれる人々が、およそ1億5千万人といわれる。日本の人口をはるかに追い抜いているのである。さらに今や資本主義国と大きく変わらぬお金と自由が彼らにはある。かつて抑圧と耐乏を強いられた人々が、時に自由の象徴でもある旅行をすることで、人生の夢を実現しようとしているようにOpaには思える。旅先で所かまわず声高に話し、屈託のない表情で、いつも大騒ぎをしているような人々ではある。だがこれは長い苦悩の歴史をくぐり抜け、今ようやく自由と平和を得て、安穏な人生を謳歌する中国人の姿なのかもしれない。
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by mizzo301 | 2007-09-08 15:41 | エッセイ | Comments(0)
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 九寨溝は渓谷を遡行する旅である。幸い好天に恵まれた。流れは時に山容を写す鏡面の湖水となり、次の瞬間激しい瀑布と化して砕け散る。生い茂る植物たち、可憐な高山の花々が水辺に彩りを添える。急流に建てられた小屋で回転するマニ車が、軋みながら真言を唱える。ふとチベット人の信仰を思う。旅人は最奥地まで整備された広い舗装路を専用バスで移動し、時折渓流沿いの桟道を歩いて、目の前で変容し続ける大自然のパノラマを堪能する。行く手遙かには、目も眩む岩峰が日を浴びて立ちはだかる。予想を遙かに超える絶景に、Opaは正しく言葉を失った。
 パンダが徘徊し、金糸猴が跋扈したというこの深山幽谷に、かつてチベット族が営む九つの人里があったという。九寨溝の所以である。今は僅かに三か村が残るが、世界遺産内ということで、本来の生業である農耕と牧畜、家庭用の養鶏まで禁じられた生活である。立ち寄った村では、外部から野菜や食品を売りに来た小型トラックに集まる村人の姿があった。観光シーズンに土産物店などで得る現金収入が生活の糧だという。一帯が閉鎖される冬場は何の収入もないが、それでも家屋は一見なかなか立派に見える。中には自家用車を表に駐めている家もあって、それなりに生活の安定がうかがえる。だが、押し寄せる開発の大波に耐えられず、山を去った六か村の住人は何処へ行ってしまったのか。居所を移した住まいから、通いでこの地の清掃スタッフなどをして働いているのだろうか。あるいは都市部などの低賃金労働者として、苦渋の日々を耐えているのではなかろうか。気楽に観光するOpaの陰には、これら生地を追われた人々の犠牲があるにちがいない。自然と共に生きた人々の生活を壊すのであれば、これは世界遺産という名の自然破壊ではあるまいか。
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by mizzo301 | 2007-09-07 11:45 | エッセイ | Comments(0)
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  川主寺は黄龍探勝の基地、チベット族の営む小さな町である。たたずまいはどこか古い西部劇のようでもある。人影のない大通りに面して、土産物の民芸品や、ヤクの加工肉を売る薄暗い商店がひっそりと軒を連ねる。Opa早速町を散策したかったが、ガイドのTが一人歩きは危険だという。買い物時に値段が折り合わないと店主に脅され、金品を全て奪われたりするというのである。それがほんとうなら、住民は丸で犯罪者である。そんな危険な町に見えないが、そうまでいうのを振り切る事も出来ず、Opaその日は素直に外出を諦めた。
 その後、九寨溝観光基地の町でもTは同じ事をいって八老を脅す。だが夜のコンパに白酒が欲しい。買いに出るというと、Tが安全な店に案内するという。それではとついて行くと、なぜか表通りを避け、裏通りの暗い一軒の店に案内された。上品の正反対Tと剣呑な顔つきの店主が何事かを早口で言い交わし、棚から埃だらけの酒を出して180元だという。高いというと、また埃を被った別のを出して100元だという。ガイドのTもこれは安いと薦める。それでも高いと思ったが、仕方なくそれを買って宿へ帰った。
 夕刻、ガイドTには声をかけずに、五人が連れ立ってチベット族の町へ出た。雑然とした小さな土産物屋に、穏やかな顔のおやじがいる。そこでみんなは細々とした物を買った。ガイドTのいう身の危険などどこにもない。電卓を介しての値切り合戦にも、おやじは笑みを絶やさない。温厚な人物である。それをいいことに日頃温厚を装う宮滝さんまでが、Opaが大枚をはたいてそこで買った小さな鶏のストラップを、何かのおまけとして無料で手に入れたという。ムムッ、軟便王子の宮滝さんめ、今夜ビオフェルミンで毒殺してやるぅ・・。
 さてその隣は、三人の子持ちの温厚な若い夫婦が商う小さな超市、すなわちスーパーマーケットである。並ぶ食品や雑貨はどれも安い。雨具のないOpaはビニールのレインコートを5元で買った。ミネラルウォーター1.5元、缶ビール4元、同じ棚に昼間裏通りの店で100元で買わされた同じ白酒がある。何と28元である。これは後に成都の超市でも28元で売られていたから、それが正価に違いない。ガイドのTが八老たちを脅して、自由に外出させたくない理由がこれでわかった。彼が案内する店は必ず値が高い。客に正価を知らせず、店と結託してうまい汁を吸う気である。その後も彼は度々八老たちの自由な外出を阻止しようとしたが、もう誰も彼を信用する者はいなくなった。
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by mizzo301 | 2007-09-06 22:26 | エッセイ | Comments(0)

黄龍の謎

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  のたうちながら山を登る巨龍、それが黄龍だという。中国の誇る山岳地帯の世界遺産である。海抜三千メートルから四千メートル、渓流沿いに三千以上あるという湖沼の奇観探索に出かける。あいにくの雨、Opa不覚にも雨具の用意がない。高山のぬかるんだ登山路を思うと気が重い。だが歩き始めてすぐ、その心配は全て吹き飛んだ。雨に打たれるのは仕方がないが、登山道は実に良く整備されている。多雨多湿の密林だというのに、常に一定の道幅が確保され、時には滑り止めのある桟道が設けられている。火ばさみようの道具を持ったスタッフが何人も、ごみはないかと目を光らせて、薄い空気の中を徘徊している。トレッキングの途中、山中に紙くず一つ見ることはない。Opa一番心配だったトイレも、1キロも行かぬうちにドアのある簡易トイレが何カ所も設けられ、熱心な排便希望者が列をなす。管理人氏が水のしたたるホースを持って、使用中の扉が開くやすかさず中に飛び込んで清掃。かくて黄龍観光域全体が実に清潔に保たれている。世界遺産を徹底して管理しようという、国の意気込みをこんな所にも感じる。わが冨士山は塵埃屎尿処理問題などで世界遺産登録から外されたと聞く。黄龍のこの徹底ぶりを見てなるほどと思ったものである。
 わからぬ事が一つある。随所に設けられたトイレは実にありがたい。だが溜まる一方のその落とし物はどう処理するのだろう。勿論下水などあろうはずもない。だが湖は群青色の水をたたえ、渓流はあくまで清冽である。かといって人力で運び出す姿も見かけない。また混み合う山道をそんな産物を担ぎ、匂いを発散しながら三千メートルを運び下るのは先ず不可能である。謎は深まるばかりである。夜な夜な黄色い匂う巨龍が山を下る、それが黄龍の正体ではないのかと想像を巡らせる山旅ではあった。
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by mizzo301 | 2007-09-06 10:21 | エッセイ | Comments(0)