カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2007年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

西安の夜

d0087054_1113379.jpg

 中国の旅団長、香芝氏は八老中一番の中国通である。この旅も彼の立案、早くから周到な計画を立てて下さった。安心の旅である。団長以外の7人は金魚のウンコである。ウンコが中国を歩いているのである。ある夜、餃子づくしの店に案内していただいた。二胡と箏、それに横笛だったかの演奏を聞きながら、次々と運ばれる様々な餃子を食うのである。奏者は八老のリクエストにも応えて日本の曲をも演奏するが、楽器のせいかどの曲も中国の味がする。口と耳の両方から中国攻めである。次々と運ばれる餃子はどれもすこぶるうまい。こううまくちゃ、中身が段ボールだろうとティッシュペーパーだろうとかまやしない。広く華やいだ店内は中国人の客で超満員、あちらこちらで白酒のカンペーが聞こえる。実に賑やかである。現代中国庶民の豊かな生活の一端をかいま見た、餃子づくしの夜であった。
 餃子に満腹した八老一同、団長香芝氏の提案で夜の町を散策、ホテルまで歩くことにした。ライトアップされた大鐘楼を臨む広場には、バンド演奏を囲んで夏の夜を楽しむ群衆がある。ネオンに輝く周囲のビル群、虹色にライトアップされた噴水が美しい。喧噪の中国、夜の町を団長香芝氏にくっついて金魚のウンコが行く。迷子になったら大変だ。物売り、大道芸などが道行く者を飽きさせない。だがそんな中に一人の異形を見た。身長一メートルばかりの小さな大人の女、裸足にみすぼらしいワンピース、歌ともうめきともつかぬ声を発しながら、両手を横に上げ下げしては身体を左右に揺する。歌い踊っているつもりであろうか、その汚れた小さな顔は笑っているようでもあり、悲しんでいるようにも見える。前には銭受けの空き缶、だが立ち止まる者はいない。八老のみんなもこの光景を見たはずだが、誰もそれを話題にしようとしない。語るに語れぬ思いを、みんな胸に抱えてしまったのだろうか。異形、自らのそれを売り物にする路上の人を、中国で見たOpaのショックは小さくなかった。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-31 11:15 | エッセイ | Comments(0)

大雁塔

d0087054_23591142.jpg

 西安は大慈恩寺の塔を見て一葉の古い写真を思い出した。大正初期生まれの亡き父が中国戦線から持ち帰ったもので、それにはこの大塔とそっくりの塔が写っていた。父は中支を広く転戦したというから、写真がこの塔かどうかはわからない。復員に写真の携行は禁じられていたのを、雑嚢の底に忍ばせて持ち帰ったようだ。父は酔うと時折その従軍体験を子供のOpaに語ってくれたが、一兵卒の物語に期待する武勇伝は無かった。後方支援のない行軍では、村人の逃げ去った村から食料を徴発する。略奪である。空き家に置かれた棺桶に、生きた老婆が隠れ潜んでいたこともあるという。蓋をとった兵士は腰を抜かすほど驚いて、慌てて蓋を元通りに閉じたそうである。収穫したばかりの籾のままの生米を雑嚢いっぱいに満たし、歩きながらそれをかじり生水を飲んだという。当然腹を下す。だが勝手には休めない。また負けたか八連隊と揶揄された大阪の兵士達である。船場のぼんも、市中で馬力と呼ばれた荷馬車の馬方も、近郊農家の長男坊も、みんなズボンの裾から軟便を垂れ流しながらの行軍であったという。野営地の暗がりで池の水をくんでその米を炊いたそうだ。翌朝見ると池の面は死屍累々、夕べ水を汲む邪魔だと足で押しやった丸太は、明けて見ると人の腐乱死体であったという。時折戦闘で死んだ戦友を、組み上げた丸太に乗せ、ぬれ筵を被せて焼いては遺骨にしたという。無謀な指導者の侵略戦争に、否応なく駆り立てられた兵士の異郷での死ほど無念なものはない。
 閑話休題、旅の途中であった。自ら公務員という寺のガイドは達者な日本語の中年女性である。大慈恩寺のご本尊を拝し、何やらもったいをつけてさる高僧を語る。やがて空調の快適な部屋にさり気なく招じ入れられる。壁には雄渾な書が十数点、天皇と件の高僧、海部俊樹氏と高僧の写真がそれぞれ一葉飾られている。明らかに日本人向けに整えられた部屋に八老一同閉じこめられた形である。ガイド女史曰く、この書は一幅特別に七万八千円でおわけする、そのお金は寺再建補修等の浄財となると。八老一同金の沈黙、言葉に嘘はないかも知れぬが、ここで大枚をはたくほどの趣味人もいない。だが横開きの大きな格子戸にはそれぞれ一名の女性が立つ。買わずに退出は許さぬいう妖気が漂う。ふと中国妖怪譚を思ってぞっとする。更に沈黙の後、数学者満手間氏おしっこたまらんという格好で格子戸に手をかけた。扉の女性が仕方なくそっと開いた隙間を目がけて、八老一同一斉にそれを駆け抜ける、その素早いこと。かくて恐怖の沈黙部屋を全員無事脱出したのであった。中国では単なるお寺参りでも、なかなかのスリルを味わえるのである。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-29 23:59 | エッセイ | Comments(0)

縁故知新?

d0087054_18333693.jpg

 ここ西安碑林博物館は、古くは漢代から近代までの碑石、墓誌、石刻像などおよそ一万点を収蔵するという。碑林は文字通り石碑の林立する博物館である。Opaさっぱり読めぬ石刻文字群の間をうろうろするばかり。暑さと文字あたり?で頭がくらくらする。こちらこちらとガイドの手招きにふらふら寄っていくと、論語の碑石に温故知新の文字などが読める。古典や歴史、昔の思想などを調べて、新しい知識に役立てる意味だという。だが今の中国は何につけても賄賂や縁故関係が物をいうと聞く。孔子様には申し訳ないが、温故知新より今の中国は縁故知新の時代ではないのか。
 暑さのせいでまた皮肉を・・、売店で冷たい水でも飲んで禿頭を冷やさなきゃ。なに、町のスーパーで1.5元の水が5元だと、まあいいか、金で済むことじゃ・・。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-28 18:36 | エッセイ | Comments(0)

華清池に思う

d0087054_186519.jpg

 華清池は西安郊外にあって、歴代皇帝などが湯浴みに訪れたといわれる温泉地である。特に玄宗皇帝と楊貴妃の故事がここの売り物らしい。中庭にセミヌードのポッチャリ楊貴妃像がドンと居座っている。その前は、場を奪い合うようにしてピースサインで写真を撮る中国人観光客たちでごった返している。楊貴妃ピース、いったい何のこっちゃ?!
 石の大きな湯船のある堂宇の一つに、唐代の詩人白居易の長恨歌が掲げられている。楊貴妃に入れあげた玄宗皇帝が、彼女との遊蕩の果てに、にっちもさっちも行かなくなっていく物語だという。楊家から玄宗皇帝の息子の一人に輿入れした娘である。それを皇帝が華清池の温泉に入れてその柔肌を眺め、ぞっこん惚れ込んだのが馴れ初めらしい。長恨歌に、温泉水滑らかにして凝脂を洗うとある。なんだか脂ぎったむっちり肌の女性を思うが、そうではなくて固まった脂のように白く柔らかな肌という意味だそうである。そこで皇帝は彼女を女道士として一旦出家させ、その後自分の貴妃として譲り受けている。すなわち楊貴妃である。この時玄宗皇帝61歳、楊貴妃27歳であったという。息子の女を勝手に風呂に入れて眺めたり、そのポッチャリ加減が気に入ったからとて貰い受けたりなどと、何たる不道徳、実に羨ましい。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-26 18:09 | エッセイ | Comments(0)

世界遺産の影で

d0087054_10432014.jpg

 等身大の戦士俑や馬俑が数百体、整然と屹立する兵馬俑坑を見た。行軍する黄泉の国の軍隊である。戦士の武装、顔立ち、髪型が一つとして同じではない。全てモデルを元に制作されたのである。しかもそれがバラバラに崩れた土片で発見された物を根気よく一体ずつ組み立てて、元の位置に並べていくのだという。よく写真などで見るように、完成品が整然と出土したとばかり思っていたOpaは大いに驚いた。エーゲ海のメロス島でやはり農民に掘り出された、大理石、手間いらずのミロのヴィーナスとは違うのだ。発掘復元作業は未だごく一部、後何千体あるのやら見当もつかない。気の遠くなるような作業である。井戸掘り中に偶然この遺構を見つけたという農民は高齢ながら、現在この博物館の副館長に祭りあげられ、来場者と握手をしたりサインをするのが勤めだという。
 博物館区域を出て徒歩で駐車場で待つバスへ帰る途上は、階段状に整備された広場のような大通りを下る。両側の小綺麗な土産物屋が客を呼ぶ。さらに兵馬俑のミニチュアセットや扇子を売りつけようと、大勢の若い男女が声高につきまとう。買わぬというと、パガッなどといって恫喝するが、歯抜けじじいにバカといわれたみたいでどこかおかしい。しゃがんで桃を売る婆さんやパラソルの下で西瓜などを売る人々がいる。彼らはみんなこの土地の元農民であったという。ということは、兵馬俑発掘保護のために、耕すべき農地を召し上げられた人々ということである。駐車場へ下るこの広い敷地は、元は実り豊かな農地が広がるなだらかな丘陵であったろうと想像がつく。この地で営まれた農業こそが彼らの安定した本来の生業であったであろう。今小さな土産を売って得るささやかな現金収入で、彼らの生活は本当の安定を得られるのだろうか。さらに、父祖伝来の故里であるこの土地を彼らは追われ、世界遺産兵馬俑坑だという。旅人がその陰に産み落とされる負の遺産を、次から次へと見てしまうのが、現代中国の旅なのかもしれない。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-24 10:44 | エッセイ | Comments(0)

小姐のうまへたニポンゴ

d0087054_1752476.jpg

 八老の旅で中国の精進料理というのを初めて食った。西安でのある日の昼食である。精進料理とはいいながら、豚の角煮やハム、鶏肉が並ぶ。あれ、どうして?味も食感も見たままである。だがそれが全て茸や豆腐など植物性の食品で調理されたものだという。結構うまい。料理の見事な偽装に八老一同大いに感嘆。中国食品の安全性などどこへやら、うまい物には巻かれろとばかりに喰らうこと。そこへ怪しい酒の小瓶を持った可愛い小姐現る。小姐うまへたのニポンゴで、その酒の効能をひとしきり説いて、皆さまにサビスで一本差し上げますといい、全員の杯にそれを注いで回る。薬用酒らしく養命酒に似た味がする。お味はドデスカ、八老全員うまいの大合唱。ではモイポンサビスしますという。太っ腹なサービスだなと八老みんなが思い始めた頃合いを見て、小姐その酒の6本セットを取り出した。これを特別皆さまに6千円で売りますという。一本千円である。今度は高い高いの大合唱。八老はそう甘くはない。戦中戦後の激動と空腹の時代を生き抜いた強者集団である。こんな小娘に簡単にはだまされんぞ。小姐これでは売れぬと思ったか、室外へ退散。2分後再び登場、今支配人とソダンしました、6本5千円でケコですという。それでも高いと八老一同、結局小姐ドアを出てソダンすること三度、実際はソダンなどしていないのだ。小姐の一人芝居に決まっている。でもついに6本三千円、何セト買いますかという。半値である。結局希望者三名が千円ずつを出し合って1セット購入。小姐もっとうまく買わせる気でいたのか、憮然とした顔になって部屋を出て行った。思いがけぬ安値で酒を買った八老集団、意気揚々とその店を後にしたのであった。
 その夕刻、夜の部屋での宴会用に白酒(ぱいちゅう)を求めて町へ出た。酒精度数の高い中国の蒸留酒である。酒屋はすぐに見つかった。目的の白酒と缶ビールを買い、ふと棚を見ると昼間にレストランで半値で買ったのと同じ酒が並んでいる。なんと一本たったの120円である。6本でも720円、八老はそれを小娘から三千円で買って喜んでいたのだ。
 中国は無秩序な車社会、高級車や低級車が歩行者を縫うように走る。だが中国人が最も巧みに操縦するのは口車、その性能は極めて高い。危険だから乗るまいと気を付けていながら、気付いたときには乗せられている。小姐恐るべし。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-21 17:05 | エッセイ | Comments(0)

西安の夜店で時計を買う

d0087054_1842595.jpg

 西安に着くなり腕時計が止まった。旅行に備え電池交換までして来たというのに、セイコーもいい加減なものだ。家には病人もいる。認知症の老犬と寝たきりの老婆もいる。もしや誰かに何かがと、ふと縁起でもない思いが浮かぶ。早く時間をつなぎゃなきゃ、早速時計を買いに夜の町へ出た。こうなれば信頼の厚さで評判の高い中国製を買うぞ。40年来の盟友、長岸さんが買い物につきあってくれた。彼はかつてテニス界の花形であったが、今は右肩を痛め、左手でそれを押さえて時折イッだのウッだのと呻く。かなり痛いのだ。昼間は魚市場だった小路は生臭いを通り越して、悪臭が立ちこめる。そこが夜はアクセサリー、日用雑貨、衣類と何でも揃う屋台の悪臭百貨店となる。すごい人出である。長岸さんとはぐれそうになる度に、イッとかウッが聞こえるとほっとする。時計を並べた夫婦者の屋台があった。品数が多くてOpa大いに惑う。中にスイスの名門ロンジンがある。勿論中国製だがロゴも綴りもそのまま、さすが中国である。値を訊くと60元、およそ1000円である。信頼厚き中国製、帰国までの10日間も動けば上等である。おやじに金を払いかけたOpaに、待て待てと屋台の反対側から長岸さんがOpaを身振りで制止する。時計屋の細君を相手にイッだのウッだのエッだのという断片が聞こえる。大方雑踏にかき消されて聞こえないのだが、ほどなく大声で50元になったぞという。およそ800円である。中国語は全くわからないのに、アッだのオッだのア行だけで値切るなんてすごい。その時計帰国後の今も澄まし顔で元気に時を刻んでいる。買って今日で12日、もし今止まっても減価償却1日66円、あまりにも安いロンジンである。
 後日ガイドに案内されたある国営商店で、長岸さん高価な大粒の猫目石を眺めてため息をついている。どうしたのと訊くと、土産を買いたいが買えば細君に叱られるという。愛妻家である。愛犬家のOpaも、白内障の老犬に犬目石くらい買いたかったがそれは無いという。あのね長岸さん、女性は口ではそうはいうものの、この手の物には目がないんだよと、Opaさり気なくささやいてその場を離れた。その後の展開は訊かずじまいだが、もし素敵なお土産があったらそれはOpaのお陰だからね奥さん。もし無かったらそれはあなたの自業自得だからね奥さん。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-19 18:43 | エッセイ | Comments(0)

八老中国を往く

d0087054_23335676.jpg

 旅は道連れ、八老人の中国行である。だが参加者の一人森君は弱冠50歳、老に憧れる奇人である。老醜老獪老残老臭何でも来いの老好みということで、中国元にちなみ年齢切り上げ老化をさせての参加である。もとより大方は年寄りのこと、それなりの事情を抱えての出立である。ある者は家人を病室に一人置き去りにし、ある者は血尿を滴らせ、ある者は右肩に疼痛を抱え、またある者は軟便をなだめすかしながらの旅であった。ここにお世話になったビオフェルミン、サロンパス、並びに正露丸本舗に厚く御礼申し上げたい。
 さて八老中の芝羅氏は真言の僧、木夏先生は浄土真宗の僧である。旅中折にふれ真言を頼み大乗におすがりするありがたい旅である。特に後半岷江に舟を頼み、大岸壁に穿たれた楽山大仏を遙拝し、また中国仏教三大聖地の一つ、峨眉山巡礼と仏跡の旅でもあった。2名の僧と飄逸の数学者満手間(まてま)氏それにOpaの4名は、寺男のつき鳴らす梵鐘もありがたく、山頂の堂内に安置された阿弥陀如来に深くぬかずき、旅の安穏と世界平和を切に祈願したのであった。辛い登山を共に九分九厘まで果たし、せっかく蓮華の裾に至りながら参拝を果たせなかった不心得者も4名いたが、御仏の大悲はあまねく愚衆に及ぶと信じたい。天台山、五台山と残る二山も巡りたかったが、それにはちょっと電車賃が足りなかった。
 申し上げておくが、この旅に土産はない。あるのは土産話ばかりである。だが、けちな年寄りと、八老を罵るのはあたらない。食品から玩具に至るまで、今の中国産品は危険に満ちている。そんな物を持ち帰り、愛する者達を生命の危機にさらすわけにはいかない。代わって八老が身を賭して、連日中国料理に身を投じたのである。辛い思いは八老だけで十分である。八老はみんな優しいのである。幸い全員生還した。その喜びを全世界並びに町内会の皆様に報告する次第である。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-17 23:36 | エッセイ | Comments(0)

我明天去中国

d0087054_0363376.jpg

 明朝中国へ出発する。それまでにしておきたかったあれこれを放ったらかして行く。中には相手の都合もあって出来なかったこともある。檸檬にぶら下がるさなぎが蝶になるのをぜひ見たかったが、羽化はOpaの出発後ということらしい。アゲハチョウ誕生の瞬間を激写、出来ればインタビューもと考えていたのに残念である。最近、山椒の青虫を潰したが、これまた鰻丼にまぶしたいようないい匂いがする。香りのいい物をさんざん食っても、人間は臭い物しか出せない。無能の極みである。とにかく中国へ行ってきます。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-07 00:37 | エッセイ | Comments(0)

キウイの葉っぱで柏餅

d0087054_12445398.jpg

 キウイは雌雄の木が一対で初めて実るという。いわれるままに一対二本立ての一鉢を買ったのは数年前のことである。時を経ずして一本が枯れた。残ったのが雄か雌かはわからない。実らせたいから相手の木を買い足そうと、近所の園芸店を尋ねたが店員にも雌雄の区別がつかないという。仕方がないから、実は諦めて残った一本を育てることにした。ところがこいつ、ブロック隠しのラティスにからみついて伸びること茂ること。みるみる塀にキウイの棚状ひさしが出来てしまった。つれ合いをなくしてますます元気な様子から、こいつは女、いや雌の木とOpaは思った。時には蔓が塀を越えてお隣の庭木にまでちょっかいを出す。慌てて引き戻し、自身の他の蔓に巻き付ける。手の焼ける女である。昨年つれ合いを亡くして途端にぼけた、雄の老犬ドンとえらい違いである。このキウイ、昨年初夏に初めて無数の白い花を開いた。そして花の後驚いたことに、諦めていたキウイがたわわに実ったのである。つれ合いの居ないキウイにいつの間に何があったのかは知らぬが、独身で子供を産んだようなものである。植物界も、人の世に負けぬほど不可解であるらしい。
 さて、実を見たからには食わずにおれない。戦後育ちOpaの悲しい性である。それでも我慢を重ね、少しは熟れたかという頃合いを見て大ぶりな実を一つちぎり、皮をむくのもそこそこにかぶりついた。ところがそのまずいこと、期待した市販のキウイの甘さはどこにもない。がっかりである。以後キウイは椋鳥のついばむに任せることにした。市販の甘さを知らぬ彼らにはそれでもうまいのか、気がつくとキウイの芯だけぶら下がっているのが幾つもある。だがキウイの効用は食うばかりではなかった。その枯れ落ち葉に犬のウンチをはさむと丸で柏餅である。ウンチの処理には誠に都合が良い。食うのを諦めたOpaであるが、今夏も実ったキウイの下で、朝夕二個の柏餅作りに精を出している。
[PR]
by mizzo301 | 2007-08-03 12:47 | エッセイ | Comments(0)