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昭和を言祝ぐ

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 昭和の日だという。君が代を歌わなきゃ、アンダンテカンタビーレ・・。昭和の御代は1926年12月25日に始まり、1989年1月7日までの62年と約2週間である。奇しくも昭和天皇が崩御されたその年の11月にベルリンの壁崩壊。偶然嘗ての枢軸国が同年にそれぞれ歴史の転換点を迎えたのである。
 Opaの昭和体験47年間は殆どが戦後である。敗戦のどん底、配給を待ってジャガイモだけの昼食や芋づる大根入りの麦飯などを食う生活である。それがやがてへっぴり腰の賃金闘争などを経て、時にはステーキやワインを喰らい、外国旅行をするまでになったのがOpaの知る昭和日本である。息を切らせてみんなで急な坂道を駆け上り、気がついたら昭和という世界第二の金持ち国に住んでいた。それが日本国民である。平成になって平静に思えばそう言うことだ。豊かさの実感がないとはよく聞く。だが食い物一つにしても、毎日の献立に困るという主婦がいる。今は有りすぎて選ぶに困る。昔は何も無くて困った。ほんとの困るはどっち?
 民という字の元の意味は、針で目を潰され隷属を強いられた馬鹿な人だそうだ。それだと今日の繁栄を築いた我が国民は、何者かに支配され自分の意志を持たず、目も見えない暗愚の衆ということになる。昭和平成の皆さんがそうだとは決していわないが、今のささやかな贅沢と仲良くなりすぎたOpaには、自分にその確信がある。Opaは馬鹿である。ムムッ、知ってただと・・
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by mizzo301 | 2007-04-29 20:11 | エッセイ | Comments(0)

どくろ満開

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 Opaの庭、猫額園でもつつじが満開である。漢字では躑躅、難しすぎてOpa恥ずかしながら読みも書きも出来ない。手に負えない漢字を難なく書いてくれるワープロは有り難いが、この際つつじと仮名書きにしよう。でなきゃ後で自分で書いておきながら、どくろ満開なんて読みかねない。躑躅と髑髏、画数の多さで一見同じに見えるのは老眼Opaだけか。このどくろ、いやつつじ、我が国では中々の人気者で、全国109もの市町村が競って自治体の花に指定しているようだ。中でも北海道はつつじ好きと見えて22市町村、我が大阪は6市町がうちらの花やと決めている。子供の頃、この花を摘みとってはラッパのようにくわえてちゅぱちゅぱ吸う、するとかすかに甘い蜜の味がするのだ。今では想像もつかない食糧難、戦後の子供達は甘い物を求め、蝶や蜂の上前をピンハネして楽しんだのである。
 近道へ出てうれしの野のつつじかな 与謝蕪村
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by mizzo301 | 2007-04-28 08:25 | エッセイ | Comments(0)

棘なき薔薇を・・

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 モッコウバラが日を浴びて、ガレージの屋根で春風に笑いさんざめいている。朝の冷たい雨が嘘のような昼下がりである。まこと移ろいやすきは女心と春の空、いや男心だったかな・・。ところでモッコウバラ、薔薇でありながら棘がない。おまけに白い種には芳香もあるらしい。残念だがOpaんちの黄色種に芳香はない。贅沢はいうまい、こんなに綺麗なんだから。綺麗な薔薇には棘があるというが、これは女に振られた男の悔し紛れの台詞である。悔しかったらモッコウバラのような女性をお捜しなさい。花言葉は「あなたにふさわしい人」だそうである。
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by mizzo301 | 2007-04-26 17:02 | エッセイ | Comments(0)
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 春の晴れ間は二日なしという。お天気の移ろいやすい季節である。でも春は春、我が茅屋の小庭、猫額園では次々と花が咲き誇り、律儀に今年も目を楽しませてくれている。木瓜に始まり、雪柳、今は山吹と小手毬のショウタイムである。だがそれはまたOpaに庭仕事の季節到来を示すサインでもあるのだ。外へ出よと・・。一体同じ事を何年繰り返しただろう。今年もまた春風の吹き抜ける庭の一画に腰を据え、雲雀のさえずりを聞きながら種苗用プランターの土をふるう。長閑である。パソコンからは得られない、至福の時である。バジルの種を蒔き、キュウリと唐辛子の苗を植える。雑草を引き、水やりを済ませ本日はこれにて終了。ズッキーニ、ゴーヤ、ルッコラの種どもが早く蒔いてと騒ぐが、お楽しみはこれからである。他にも檸檬や椿の消毒、潅水、山桜桃やブルーベリーのつまみ食いなど、これから晩秋までOpaは何かと忙しいのである。
 園芸の楽しみは亡き母に教わった。小学校の帰りに、大きな風車のある農園で向日葵の苗を5本買ってくるよういわれた。一本2円、5本で10円である。苗の束を受け取りながら、農園のおじさんの土の付いた大きな手に10円札を置いたのを今も覚えている。庭に一列に植えて、朝夕の水やりが日課となった。瞬く間に自分の背を追い越していく向日葵たちに、植物の生長を初めて実感した幼いOpaであった。夏休みには大人の背をもはるかに追い抜いた彼女たちは、これ見よがしに大輪の花を一斉に開いた。それは夏の終わりまで咲き続け、宿題をしないOpaを一日中天空から睨みつける。その迫力はまるで宿題をさせたい母の情念が花に乗り移ったかのようで、彼女たちを睨み返すことなどとても出来なかった。花を育てる楽しみを知った貴重な体験ではあったが、以後60年Opaの花壇に向日葵の姿はない。
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by mizzo301 | 2007-04-22 16:24 | エッセイ | Comments(0)

恩師にばったり・・

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 高校時代の恩師、加藤重義先生に道でばったりと出会った。半世紀前に、二年生から卒業まで担任をしていただいた先生である。二十数年前にも一度お会いした。その時はすでに薄いOpaの頭をじっと眺めて、君は頭の回転が速いから髪の毛が根付かんのやなあと、妙な慰めの言葉をいただいたのだった。今日はOpaにお気づきでなさそう、思わず声をおかけした。おおっ、と驚きの声を上げられて満面の笑み、そのまま長い立ち話になった。一月に他界した我が同級生、櫻井武次郎君の事を話すと、たちまち顔を曇らされた。遠い目でかつての教え子を追いながら、彼は新聞部やったなあと呟かれる。50年前の卒業生を覚えていらっしゃるのだ。先生おいくつになられましたか、もうすぐ92歳や、ぼちぼち止めんとなあと思てるねんへへ。ええっ、先生何をお止めになるんですか、まさか人生を・・まだまだそんなお歳には見えません。実際そうなのである。いやいや、腰は痛いし手足はしびれる、あちこちしびれまくりのシビラゼーションや、つまり文化人やなあ、あははは。ユーモア精神未だ健在なり、先生のユーモアに沸いた50年前の教室を思い出して懐かしさがこみ上げる。折からそぼ降る春のにわか雨に濡れながら、老師老弟の別れがたい立ち話であった。
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by mizzo301 | 2007-04-18 00:04 | エッセイ | Comments(0)

アカハラとピストル

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 トカゲに似た小動物に、水中に住む赤腹イモリがいる。お腹に赤黒い模様があるところから、Opaの子供時代はアカハラと呼んでいた。こちらはトカゲと違って両棲類であるが、ふぐと同じ猛毒テトロドトキシンを持つと最近読んで驚いた。小学校の帰り道、小川に入ってよく捕まえた。何人かの仲間とアカハラを捕っては小川の土手に叩きつけ、それを一カ所に集める。瞬く間に二三十にもなったであろうか、累々たるアカハラの死体で土手に小山が出来る。思えば猛毒山である。さて儀式を始めよう。みんなで先ずアカハラ山を取り囲む。めいめいがおもむろに、生まれたときにお母さんから貰った小さなピストルを半ズボンからつまみ出す。ワンツースリーでアカハラ山に向けて一斉放水。するとどうだろう、死んだかに見えたアカハラ達が、オシッコの洗礼を受けた途端、一斉にもぞもぞと動きだし、小川の流れへと帰って行くではないか。最後の1尾が入水するのを見届けた子供達は、安心してピストルをしまい込み、ガヤガヤと家路に着くのであった。
 さてこの儀式は下校時定番の道草で、ほぼ連日厳かに挙行されたが、女の子達がいつも羨ましそうにそれを遠巻きに眺めていたものである。男の子達の遊びが羨ましかったのか、女の子がお母さんに貰い忘れた、小さなピストルが羨ましかったのかは今もってわからない。多分その両方ではなかったろうか。
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by mizzo301 | 2007-04-15 19:53 | エッセイ | Comments(0)
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 桜も散る季節だというのにいつまでも薄ら寒い。それでも庭のさくらの切り株に小さなトカゲが春の日差しにまどろんでいる。その株、元は見事な八重桜であった。丁度子供達の成長期に合わせるように、毎春溢れるように濃いピンクの花をつけて目を楽しませてくれた。何の手入れもしなかったせいであろう、いつか樹勢は衰えついに枯れ果て、切ってしまった古株である。最盛期の写真が見あたらないのが残念だが、1975年若木の頃と1999年のかなり衰えた姿の二枚がある。並べてみると植物とはいえ、まるで初々しい中学生と老婆の違いようである。復活を願って、今その株から出た1.5メートルほどのひこばえを見守っている。昨夏はプードル犬はなの小さな亡骸をその根方に弔った。八重桜の復活を愛犬はなの骸に託したのである。だが古株から出たひこばえは所詮老木なんだそうだ。折角育てても開花は無理かと半分諦めていたが、どこやらでは古木のひこばえが立派に花開いたとも聞いた。嬉しい伝聞である。はなよもう一度Opaの生ある間に、この八重桜を咲かせて見せておくれ、プードルの花咲ばあばになっておくれ。
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by mizzo301 | 2007-04-11 12:51 | エッセイ | Comments(0)

新聞という雰囲気

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  閑居していると様々な訪問者が無聊を慰めにやってくる。古紙回収、排水溝の点検、野良猫、めじろ、キリスト教伝道、シロアリ調査、ぼろ家診断、ほっといてくれい。新聞勧誘はその中でも最強軍団である。滅多なことでは引き下がらない。暫く新聞を取らないでいた。TVやNETで情報は十分事足りる。新聞なしでも何の不自由も感じなかった。それが今また新聞を取っているのはその強引な勧誘に負けたからである。近隣にはその強引さに恐怖すら覚えるという主婦もいる。一ヶ月無料やビール券を押しつけて押し売りで購読を迫る。それほどまでしないと駄目なほど、新聞は読者が減ってしまったのだろうか。はたまた、自分達の書いた記事が時に押し売り商品に成り下がっている現実を、第一戦の記者達は果たしてご存じであろうか。
 新聞の宅配は日本に特有なのだそうだ。夜明けには朝刊が届いている。日曜の朝など、コーヒーをすすりながらパジャマのままで新聞を広げる時のくつろぎ感。夏の日、蚊遣りをくすべながら戸外の椅子で夕刊を読む安らぎの時。単なる情報伝達の紙束ではなく、新聞は生活に雰囲気を与える小道具にもなる。強引な勧誘に負けたOpaではあるが、実は新聞を愛読している、というより新聞という雰囲気を愛しているのかもしれない。雰囲気用の小道具だから、読んで疲れる極左や宗教関係意外なら新聞はどれでも良い。今更新聞に社会の木鐸など期待はしていない。などという無節操な読者が、案外販売合戦を煽る一因かも知れぬ。
 日経のウエブで次の記事を読んだ。つい先日、生駒市でのことである。読売新聞と朝日新聞の配達員同士のバイクが出会い頭に衝突、読売新聞の配達員が亡くなったそうだ。毎日新聞の販売店員が事故を目撃、警察に通報したという。この痛ましい事故に三紙の販売員が関わったのは偶然に違いないが、販売前線の厳しさを象徴する出来事のようにも思えてならない。
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by mizzo301 | 2007-04-05 17:56 | エッセイ | Comments(0)

野球音痴、プロ野球観戦

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 昨日、生まれて初めてプロ野球を球場で観戦した。なんていえば、古い友人達はエイプリールフールの冗談かと思うだろう。それほど有名な野球音痴のOpaである。男の子が普通野球に親しむ小学生時代、病弱で体育の授業もまともに出来ない子供であった。野球はおろかスポーツらしき物すべて駄目少年である。その頃すでに周囲は野球小僧でいっぱい、ラジオの実況放送に手を叩いて小躍りする友達などには、大いに違和感を覚えたものだった。今に至るまでには、野球観戦の誘いは何度もあった。大人になってからは、球場で飲むビールやおでんのうまさをいう誘いが多かった。TVのせいでいつの間にか野球の面白さも少しはわかる。だがわざわざ球場に出向くほどの興味は未だに持てない。
 突然大阪ドームにまで出向いたのにはわけがある。エアコンを買ったジョーシン電機が招待券をくれたのだ。そのチケットが球場行きをこれだけ頑固に拒否し続けたOpaの尻をなんなく持ち上げた。無料の力は偉大なり、お陰で聞きしにまさる阪神ファンの熱気にあてられながら、生プロ野球を実見出来た。応援団の耳をつんざくラッパ太鼓に呼応して、三万数千という大群衆が歌い叫ぶ。広島応援席もほんの一握りながら、負けじとラッパを吹き上げる。ドームは巨大なノイズのるつぼである。塁審の判定に飛ぶ野次、ボケーッ、カスーッ、勿論阪神ファンの声である。7回名物ジェット風船の乱舞、もともと野球好きの老妻までが、あっフジカワーっなどと叫んでいる。目でボールの行方も追いきれず、何やら分からぬうちに阪神の勝利で試合終了、プロ野球観戦の初体験めでたく完遂、大混雑の地下鉄で家路についたのであった。
 それにしても道を尋ねた群衆整理の警備員たちの無知には驚いた。地下鉄の駅をようやく教えてくれたのは、何と8人目に尋ねた警備員であった。何の為に立っとんねんボケーッ、カスーッ!いかん、阪神ファンに染まってしまったか。
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by mizzo301 | 2007-04-03 00:19 | エッセイ | Comments(0)