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<   2007年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

若者よありがとう・・

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 自分では高齢者のつもりでいるのに、電車などであまり席を譲られたことがない。席を譲るほどの高齢に見えないのなら嬉しいけれど、そうとばかりも思えない。試しに優先座席を占める若い女性の前などに立ってみると、必ず狸寝入りを決め込まれる。起こして席を替われというほどの勇気はもちろんない。空しく優先座席の前でつり革にぶら下がり、物欲しそうな表情の老人は、いずれどこかのOmaやOpaたちである。気前よく座席を譲ってあげていただきたい。
 先日奇特な若者に出会った。遠い親戚の葬儀の旅の帰途で、疲れた表情をしていたのかもしれないが、それは思いがけない咄嗟の出来事であった。優先座席ではない。たまたま立った前の席の少年が、やおらすっくと立ち上がり、Opaに席を譲ってくれたのだ。中高生に見える少年の挙措はまことに爽やかで、Opa礼を述べてありがたく座らせていただいた。その時さらに思いがけない出来事が起こった。Opaの感謝に軽く会釈で応えてくれたその少年、つかつかとドアの側に歩み寄り、いきなりアグラをかいてその場にへたりこんでしまったのだ。少年少女が電車内で床にへたり込んでいるのを近頃よく見かける。だからその少年の行為も、席を替わってやった老人への当てつけなどとは思えない。だが気の小さいOpa、折角座らせていただきながら尻の下が何だかむずむずと落ち着かなくて、下車駅の待ち遠しい事であった。
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by mizzo301 | 2007-03-29 15:20 | エッセイ | Comments(0)
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 ホテルのベッドメイクって、なぜシーツや毛布をベッドの縁に折り込んで固定するのだろう。先週泊まった千葉では、固定したシーツに掛け布団が乗っている。その布団が滑ってずり落ちやすい。夜中に布団がずり落ちても、シーツが身体にからまって中々手が出しにくい。それでも何度か修正を試みたのだが、ついに布団が半分以上ずり落ちたまま眠り込んで、寒さで目が覚めた。今回風邪の原因である。未だに微熱がとれない。
 それにしても人々は、あのホテルの人権抑圧ベッドでよく眠れるものだ。丸で封筒に潜り込んで寝るようなものだ。寝返りもままならず、安眠にはほど遠いと思うのだが、お客は我慢しているのだろうか。Opaの場合、寝る前に先ずベッドからシーツや毛布をベッドから引きはがす。左右と足下の全てをベッドの縁から引っ張り出す。すると折角綺麗だったベッドが、見るも無惨な景色に変わる。客室係の努力が一瞬でパーになる。だがそうしないと眠れない。寒いときには毛布にくるまり、暑いときには手や足が出せる。これで初めて寝具といえる。
 全国のホテル諸君にお願い、寝具をベッドに固定するのは止めてください。封筒ベッドにこだわらず、和式寝具などを参考にもっと快適なベッドメイクを考えるべきである。それはお客に快適であるばかりでなく、無駄な労力と時間を省くことで、ホテルの経費節減にも繋がり、またOpaも風邪熱を出さずにすむはずである。
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by mizzo301 | 2007-03-26 19:44 | エッセイ | Comments(0)

熱中読書!

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  風邪で一週間も寝てしまった。ようやく平熱になったが、血混じりの青ばなや痰がこみ上げて気分が悪い。鼻ばかりかむから、鼻の下がただれて痛い。いずれも今や大したことではないのだが、年寄りはいじけて見せて、皆さまのご同情を誘いたいのである。
 お陰で本が読めた。中でも米原万里「打ちのめされるようなすごい本」をやっと読了した。日に七冊は読むという読書家の読書日記と書評集である。多読でありながら、しかもそれらを読み解き、切れ味鋭い文章で紹介する。それだけでもOpaびっくり仰天であった。これら書評に触発されて読みたい本が続出、劇中劇ならぬ読書中読書、おかげで本体の「打ちのめされるようなすごい本」は読了に5ヶ月もかかった。紹介された本をまだほんの一部しか読んでいない。余りに膨大でいつ読めるやら想像もつかないが、とりあえず控えの間でお待ちいただくことにする。
 作者の米原万里さんは、ゴルバチョフやエリツインが指名するほどの、ロシア語同時通訳の第一人者、背景に底知れぬ日本語の深い教養あってこそと痛感させられる。本書中で時折語られる、癌との闘病が痛ましい。惜しくも五十六歳の若さで亡くなっている。
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by mizzo301 | 2007-03-23 12:29 | エッセイ | Comments(0)

休眠

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by mizzo301 | 2007-03-16 15:55 | エッセイ | Comments(1)

物欲大王

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 物欲王とOpaは家族に呼ばれている。王は人の持ち物が何でも羨ましい。困った性格である。へそくり通帳をやり繰りして長年いろんな物を買ってしまった。PC、デジカメから釣り具や鉄道模型、電動工具から板きれまで、恥ずかしくてとても全部は書けない。買うとすぐ新しいのが出る。また欲しくなる。へそくり通帳が許さない。そのくせ折角買った物があまり使われずにごろごろしている。釣り竿や古いゲーム機など隠そうにも押し入れ満杯で家が片付かない。
 戦後の子供時代、アメリカ映画に憧れた。下校時など街角で西部劇のポスターを見ると、子供達はみんな、片眉を釣り上げ唇をゆがめて指でピストルを作り、精一杯ジョンウエインになるのであった。当時のアメリカ現代映画にはもっと憧れた。カクテルを飲んで騒いでキスをして、男女を問わず車を乗り回すアメリカ人。電化製品に囲まれたきらびやかな生活、物質文明全盛のアメリカがそこにあった。Opa物欲文明の原点である。日本では自家用車なんて夢のまた夢、家にあるのはおんぼろの自転車一台である。学校帰りは遠回りをして、一軒あった鉄道模型店の陳列の前にしゃがみこんで何時までも眺める。買えるあては無い。それは子供の物欲をさらに刺激するだけではあった。Opaの物欲には年季が入っている。
 ところがその日本、いつの間にやら猫も杓子も車を乗り回す時代になった。派手な電化製品も溢れている。カクテルやキスなどは、更にその先をいっているともいうではないか。こんちくしょー、悔し紛れにOpaは何かを求めて、今日もまたヤフオクに溺れていく。
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by mizzo301 | 2007-03-11 08:40 | エッセイ | Comments(0)

レンゲ畑が消えて・・

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 我がガルテンネコビタイで蕗の薹を一つ見つけた。天麩羅にして春を味わいたいが、たった一つじゃねえ。今回は育つに任せよう。
 この季節、二十四節気の啓蟄(けいちつ)、その最初の五日間を蟄虫啓戸(ちっちゅうけいこ)というそうだ。冬ごもりの虫たちが、春を覚えて地中からもぞもぞと這い出てくるというイメージらしい。庭先を掘り返すとせいぜいみみずにはお目にかかるが、住宅地の春にそんな光景は見られない。それどころか、今や農地でさえあやしいものだ。除草剤、殺虫剤、殺鼠剤、化学肥料、現代の農地は毒物だらけと聞く。世界最大の農薬使用国が実は日本だという。作物によっって、欧米諸国の4倍から8倍以上の農薬を撒くらしい。農家は自家用と出荷用では農薬の使用量を変えたりもするという。最近中国からの農産物が農薬汚染で話題になったが、国産農作物の隠れ蓑ではと、勘ぐりたくもなる。
 何時の頃からかレンゲ畑を見なくなった。雲雀を聞きながらレンゲ草の花輪を編む、今の子供達には想像出来ない光景である。そのレンゲを田に鋤込んで緑肥にするなど、大自然の輪廻を享受する作法がかつてあった。それがいつの間にか、化学肥料という農薬にすり替えられている。
 消費者にも非はある。綺麗な野菜を求め過ぎる。それは農薬抜きでは作れない。野菜の虫食い穴は、安全食品の保証書である。レタスからナメクジが出た位で騒ぐようでは、食の安全は語れない。
 どうも足指の先がむず痒い。啓蟄は水虫まで誘い出すらしい。
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by mizzo301 | 2007-03-05 18:59 | エッセイ | Comments(0)

木瓜の花が咲いたら

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 紅色の木瓜の花が満開だ。Opaの庭で毎年春一番の花である。傍らに雪柳がちらほら、小手毬も新芽をふきだして花の出番を待っている。齢を何十年も重ねながら繰り返される我が茅屋の光景である。つくづく春だと思う。猫の額ほどの庭、これから晩秋までは植物たちの季節である。
 とりわけバジルが好きで、4月には大量に種を蒔く。数年前の夏、病室に家人が届けてくれた小さなバジル一本、根本で切った10センチばかりのをグラスに入れて窓辺に置いた。一週間も経たぬうちにひげ根が生え出し、それはやがて根の体裁を整え、水中でそよぐまでになった。このささやかな緑と香りに、術後の静養を慰められた。毎朝水を替え、一日何度も鼻に近づけて匂いをかぐ。癒しの香りが鼻孔から胸いっぱいに広がるような感触を確かめたくて、何度もそれを繰り返した。時には昼間、ちぎり取った小さな葉っぱを、両の鼻孔に詰めて居眠りもした。バジルの香りを、全部吸い取りそうなほどに愛玩した。
 その時病室で見たものは、この小さな植物の生きる力であった。それを少しずつ、Opaにも分け与えてくれると信じたかった。順調な恢復は、あのバジルのお陰ありと今でも思う。秋のある日、Opaとバジルは退院した。その後も彼女は、台所の窓辺に置いたグラスの中で日光を楽しむ風であったが、晩秋のある日、水替えの効もなくさすがにしおれ果てた。その葉や茎を指で揉んでやると、バジルの香りが鼻孔から胸いっぱいに染み渡る。それは病室の時の若葉がOpaにくれたのと変わらぬ、癒しと命の香りであった。
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by mizzo301 | 2007-03-02 18:22 | エッセイ | Comments(0)