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<   2007年 01月 ( 9 )   > この月の画像一覧

K君、ご結婚おめでとう

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 櫻井武次郎君の通夜、葬儀は盛大であった。葬祭場の後部立席は生前の彼を偲ぶ人々であふれた。彼の人柄を知る者達が何をおいても駆けつけたのである。祭壇の高みで眺める武次郎君も、押し寄せる人波には驚いたことだろう。
 勿論彼が芭蕉研究の泰斗であることは、いくら門外漢のOpaも知ってはいたが、早稲田大学から学位を受けた文学博士であったとはこの時初めて知った。偉い人である。
 Opaとは高校の同期生であり、一時は偶然にも職場を同じくした。その頃二人でよく飲んだものだが、彼は決して深酒をしない。ほろ酔いで杯を置き、君子己を知る、と必ずいうのだった。後は彼の蘊蓄を肴に、Opa一人馬ほどに酒をあおり、いつも割り勘で別れた。痩せた君子である。だが時を経て彼は学問の巨人になった。しかし巨人は、遺言を一つ置いて足早に立ち去った。子息に、目前の結婚式を必ず実行せよ、と。
 今日がその日である、Kouichi君ご結婚おめでとう。図らずも父君の告別式から僅か四日の挙式である。これを諸行無常というのであろうか。だが今は無心の喜びに包まれてほしい。幼い日、父上に連れられて来たバイオリン教室のソファで、君は鼻を垂らして逆立ちしていたのをOpaは覚えているぞ。今日は弟のToshi君、先生の二原夫妻の四人でバイオリンを弾くと聞いている。バッハのコラール、主よ、人の望みの喜びよ。遠いOpaにも旋律が聞こえる、あたかも神の微笑むがごとく。
by mizzo301 | 2007-01-28 19:08 | エッセイ | Comments(0)

友、櫻井武次郎君逝く

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悲嘆の時、さらに訃報あり
櫻井武次郎君死すと
滂沱の泪禁じ得ず暫し慟哭
言葉なし
ご冥福を祈る

合掌

南無阿弥陀仏

願以此功徳
平等施一切
同發菩提心
往生安楽國
by mizzo301 | 2007-01-24 09:31 | エッセイ | Comments(0)

友の夭逝を悼む

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昨日、僚友、泉谷千種さんの訃報に驚く。
夜、奈良の奥まった小さな古刹で通夜が営まれた。
かつて彼女もここを訪れたのであろうか。
豊かな趣味と教養の人であった。
時に誠実さを秘めて、毒ある冗談を言い合える人でもあった。
最後に見舞った上司に、病気を詫びたという。
言葉もない。
ご冥福を祈ります。
合掌
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏 
by mizzo301 | 2007-01-22 17:54 | エッセイ | Comments(3)
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 日本語には呼称が多い。殿、様、さん、君、ちゃんから呼び捨てまで、使い分けは微妙である。呼称をひとつ間違えると人間関係にもひびが入りかねない。その上大阪には、はんがある。藤原はん、中江はん、阪本はんと呼ぶ。だが宮崎はん左藤はん陳はんとはいわない、宮崎さん左藤さん陳さんである。要するに母音があ、え、おで終わる名前ははん、い、う、んで終わればさんづけになる。さんとはんの区別、大阪人なら殆ど本能的に使い分ける、というようなことを何十年の昔、ラジオで聞いた覚えがある。だが普段あまりはんを用いないOpa,大阪人ながら咄嗟の使い分けには全く自信がない。文豪谷崎潤一郎にして、名作「細雪」で大阪風を出そうとするあまり、はんの誤用を冒しているという。それに文豪は元々東京人でもある。まあ、そこらへんの細かい事はよろしやおまへんか、なあ、おたやん。そや大阪には、やんもおましたな。Opa実はかつて職場で親しい仲間から、たにやんと呼ばれとりましたんや。
 新聞で、わざとらしい「様」づけ、という記事を読んだ。病院などで様づけで呼ばれるのに違和感を覚えるという。厚生労働省の委員会が、医療や介護の現場では「様づけ呼称が望ましい」と指針を打ち出したそうだ。とたんに上へ習えの日本社会、病院などでの様づけ呼称が広がったという。拝読の限りではこの筆者さん、呼称問題もさりながら、上へ習えの日本社会に問題ありとおっしゃりたいようである。
 確かにOpaも通院中、様付けで呼ばれた覚えがある。病院では確かにちょっと違和感あるかなあ。特に関西、さんやはんでええやんかとも思う。そやからいうて、これは上に習え日本社会のせいなどとはOpa思い至らない。この筆者のように、病院での呼称問題を社会問題や社会現象として捉える知恵がない。Opaの脳は軽快である。阿呆である。病院が患者を様づけで呼ぶならそれでもいい。呼称の違和感なんてすぐに忘れる。
 だが、患者を殿づけで呼ぶのだけはしない方が良い。葬儀社の係が焼香順を読み上げる告別式の風景を思い出すからである。
by mizzo301 | 2007-01-18 18:45 | エッセイ | Comments(0)

S字結腸は偉大なり

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 S字結腸、大腸が直腸に繋がる直前の回転部分である。これを切除後は、当分便意を我慢できなくなると医師に聞かされた。蓄積を受け持つ部分だから、これがないと製造直売である。忙しないトイレ通いが続いた。だがいつの間にかその回数は激減、そして気づいた、出てくる物がやたら太くて長い。目測約40センチ、質実剛健。警官の腰の警棒とこっそり交換しても通用しそうだ。問題は以前のように螺旋状ではなく、まっすぐに排出すること。だから便器で水没しないのだ。頭を水面上に出していつまでも立ち泳ぎをしている。しかも水洗の水流位では流れない。丸で滝に打たれ修行に励む黄色い坊主である。便器清掃用ブラシを手に、Opa糞坊主と戦うしかない。反戦など糞喰らえだ。けだしかの美しい螺旋はS字結腸の産物であったのだ。痩せたソフトクリームよ、黄金に輝くウンコのたくましい造形美を見習え。これは医師にも聞かされていなかったOpaの発見であった。いずれ学会で報告されよう。
 翻って稀ではあるが緊急屋外排泄の急を想像してみよう。舞台は背の高い草むら、野生の蕗の葉などを紙に見立ててしゃがむ。生産活動開始、その時あの螺旋がないとどうなるか。出現物体が人体から離脱の瞬間まで、約40センチ腰を持ち上げていく必要があると思われる。これじゃ頭が草むらから出てしまいそうだ。さらに離脱の瞬間、物体の倒れる方向にも緻密な計算が必要である。恋人と間違えて膝などに寄りかかられてはたまらない。今はあのたおやかな螺旋がひたすらに懐かしい。改めて亡きS字結腸と自然の摂理を思う。
 なぜかといえば、Opa以前に近くの海岸で草むらに潜み、楽しげな家族連れをやり過ごしたことがあるのだ。今のOpaは草むらに潜みきれず、物体生産活動に勤しみながら、通行人達と黙礼を交わしあうことになるのだろうか。
by mizzo301 | 2007-01-14 17:25 | エッセイ | Comments(0)

お腹にホッチキス!

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 数年前初めて開腹手術を受けた。癌のあるS字結腸切除である。食欲旺盛、どこにも痛みや疲れはなく健康そのもの。ただ連日下血はあった。散髪屋のサインよろしく便にくるりと赤い筋が巻き付いている。暫くすると、それが溶け出して水が赤く染まる。約半年間、水洗トイレをのぞき込む日が続いた。やはり不安だった。お医者へは行きたくない。元気だから癌などとは夢にも思わない。だがついに周囲に背中を押されて通院、大腸のX線検査で大きな腫瘍が見つかった。それではと日を置いてだめ押しの内視鏡検査、自分の腸管内を初めて見物する。昔の映画「ミクロの決死圏」を思い出して気楽に見ていると、突然出血する腫瘍のアップ、ぎょっ!
 入院、突然医師に指を肛門に突っ込まれる、直腸触診、ウグッ。夕方看護婦嬢が座薬を持ってくる。自分でやると言って受け取るがうまく入らない。その内、薬は掌の熱で溶けて指がべとべと、仕方がないからシーツになすりつけて寝る。どうも病院はお尻に入れたがる、羞恥心を早く捨てなきゃ。翌朝からは浣腸も看護婦嬢に素直に従う。趣味はないが仕方がない、トイレでモーッ。手術前々日胃のX線検査。終了後いきなり鼻からポンプで胃のでバリウムを抜く。肩を切って静脈にチューブ一本差し込み縫いつけ、なぜか麻酔なし。これで食事の必要がないという。前日の晩毛ぞり、若い看護婦嬢が胸毛から下の毛まで剃ってくれる。もう羞恥心はかけらもない。邪魔者をへろへろとよけながらの作業、睡魔あるのみ。消化器官空っぽでいよいよ開腹。手術台からはいつかテレビでみた風景、真上から煌々とライトに照らされている。押さえつけられて麻酔注射、麻酔マスクを口に、羊を数える間もなくおやすみなさい。安らかに眠ったとたんすぐに大声で揺り起こされる。手術はすんだという。寝てから一分もたっていない感じ。病室で正気になってみると、腹部はさらしで厳重に封印、チューブが5本も身体に繋がっている。顔に酸素マスク。ホッチキスで開腹部のみならず、内部の腸管の接合部までとめてあるという。ホッチキス!縫合は今や時代遅れなのか?フランケンシュタインの額を思い出す。早くお腹のホッチキスを見たいものだ。術後は順調に回復。肩からのチューブのお陰で全く空腹感がない。食事の匂いが流れても食欲は起きない。食事中の患者さんを見ると、よく面倒なことするなあと思うほどであった。一夜レストランの夢を見た。厨房から食器の音が聞こえる。ふと目が覚めると、ナースステーションの前でピンセットや鉗子など医療器具をガチャガチャと整理する音のようだった。
 今頃呑気な事を言ってられるのも無事退院のお陰だ。固く巻き付いたお腹のさらしに手を突っ込んで、指でホッチキスを数える静養の日々は何となく楽しかった。
by mizzo301 | 2007-01-11 19:32 | エッセイ | Comments(0)
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 ドレミファソラシドを音名に置き換えるとハニホヘトイロハ、楽典入門。ファは音名ではへ音となる。おわかりでしょう、ファを歌う器官がどこか。トロンボーンのパイプよりはるかに長い腸管はあらゆる音程に対処できる。お尻の歌口さえ鍛えればどんなメロディーもOK。木管楽器、金管楽器、腸管楽器なんて分類はどうだろう。今に口尻一人デュエットの歌い手が現れても不思議ではない。ただ、演奏会場のメタンガス濃度がちょっと気にはなるが・・
 そう、ファは全人類が時に高らかに吹鳴、あるいは人混みで密かに発声している音なのだ。ならばミはどうか。ミは実である。楽典など必要ない、即物的である。もし人がファを発声したつもりでミを発生してしまったら大変である。身も蓋もない。ところがよくしたもので、人は発声直前ミとファを判別する能力を具えている。だから安心して満員の車内、時に混み合うエレベーターなどでもファを歌う大物がいたりする。
 さてOpa,数年前に大腸癌を患い腸管20センチを切り取った。命は救って頂いたが思わぬ事態発生、ミとファの判別能力がほぼ失われてしまったのである。これには困った。正直通勤が苦痛であった。お尻がファを歌いそうになると最寄りのトイレに駆け込む。この際圧倒的にミの場合が多かったのだが・・。毎日先ず家のトイレ、発駅のトイレ、特急車内のトイレ、着駅のトイレ、途上バイオリン屋のトイレ、職場のトイレ、デパートその他公衆トイレ。このように各所トイレと約一年間の清らかな交際を経て、Opaようやくミとファの判別式を取り戻したのである。
 ミとファ音痴にならぬための大腸検査をOpa謹んでお薦め申し上げる。
by mizzo301 | 2007-01-07 18:09 | エッセイ | Comments(0)

空襲のあった日

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 伊丹空港といえば空襲を思い出す。そこが軍の飛行場であった当時、子供の頃のOpa一家はその町に住んでいた。つけ放しのラジオから絶えず「カンドオカ、メンドオカ」と謎めいた声が流れている。飛行場からの電波なのか、大人に聞いても何だかわからないという。時折空襲警報が発令され「敵機が紀伊水道を北上・・」などというラジオに大人達が真剣に耳を傾ける。やがて町中にサイレンが響きわたり空襲警報いよいよ本番、Opaの一家も裏の畑に掘られた防空壕で息をひそめて身を寄せ合う。B29爆撃機の呻くような爆音と炸裂音が聞こえ始め、その音は段々と近づいて、爆弾炸裂の振動が大地を伝わってくる。やがて大爆発音と激しい揺れが壕を繰り返し襲う。それまでパラパラと背中に落ちかかっていた天井の土が、バサバサと全身を打つ。一家は声もなくうつ伏したまま埋もれてしまいそうだ。その頃生まれたばかりのOpaの妹を抱いていた祖母は、死ぬ時は親に抱かれてといいながら、赤ん坊を母の手に渡したそうだ。子供Opaは恐怖で殆ど失神していたかもしれない。防空壕から出た記憶は定かでない。覚えているのは真昼なのに夜の暗さ、畑にへたり込んでいた。「立ちなさいっ」と母に檄を飛ばされても、腰も膝もへなへなと崩れてどうしても立ち上がれない。暫くすると硝煙と土煙の中に我が家の輪郭がぼんやり浮かび上がる。数メートル先の畑に、すり鉢状の大穴が口を開けている。Opa一家は危うく天国へ家族旅行に旅立つところだったのだ。屋内は砕け散ったガラスが天井や壁一面に突き刺さり、懐中電灯の光を受けてきらめく。恐怖の余韻とルミナリエ。その日は土足で座敷を歩いたものだ。台所には屋根を突き破って、子供の背丈ほどの爆弾の破片が転がっている。後日何人かの兵士がリヤカーでそれを回収に来た。子供Opaは、自分の財産が持ち去られるような気がしてそれが残念だった。
 T市のホームページに次の記述がある。1945年6月7日午前11時半頃、B29約450機による爆撃1時間半に及ぶ、犠牲者575名云々・・。
 日本敗戦まで僅か二ヶ月余、それは五歳のOpaが体験した空襲である。生涯忘れることはない。
by mizzo301 | 2007-01-04 09:49 | エッセイ | Comments(0)

謹賀新年


元旦
無いもの おせち料理 毛髪 新年の抱負
有るもの 老犬ドンのうんち 芋焼酎 雲丹クラゲ
新年おめでとう
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by mizzo301 | 2007-01-01 11:30 | エッセイ | Comments(0)