Opaの日々雑感


by mizzo301
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

無愛想の古都プラハ

d0087054_19142466.jpg

 1979年の夏、初めてのヨーロッパ旅行でこの町を訪れた。社会主義政権下の時代である。町は深閑として人通りはない。旧市街広場に珍しく小さな行列が出来ている。のぞいてみると、リヤカーの西瓜売りにむらがる市民たちであった。宗教改革の主導者の一人、ヤン・フスの巨大な像が真夏の日差しをあびてむなしくたたずんでいる。今のこの町の喧噪から当時を想像するのはむつかしい。ようやく見つけたレストランで夕食、相席をしたプラチスラバの学生たちと飲んでホテルに帰った。こちらがいうのと違う鍵を老コンシェルジュが差し出す。違うというと、お前は確かにこういうた、と剣呑である。お前の発音が悪いからだと、さらに客をなじる。初めてのヨーロッパ、昨日までのウィーンや、同じ社会主義政権下のワルシャワやブダペストでもこんな露骨でいやな客あしらいにあうことは一度もなかった。
 1995年の夏、ウィーンから鉄道で再びプラハを訪れた。社会主義政権崩壊後のこの町を見て、一瞬眼を疑った。旧市街広場には無数のレストランやカフェテラスが立ちならび、露天の土産売りあり大道芸あり、ヤミ両替人やスリまでも多いという。大通りにはゴミやほこりが舞い、人であふれかえるがさつで無秩序な町へと大きく変容をとげている。ほとんどが無信仰というこの国の大群衆に無視されて、たたずむヤン・フスの像がますますむなしく見える。その日のレストランでレシートの請求額が多すぎるような気がする。よく見ると覚えのない飲み物が三品も書き加えられていた。ウエイターを呼ぶと、あっさり訂正して悪びれる様子もなく、仏頂面で金を受け取る。この日本人は合計だけを見て払いそうだと、なめられたのである。
 今回は中欧三都周遊のパックツアーで三度目のプラハである。相変わらずの人出、笑うなという法律でもあるのかと思わせる人々の無愛想な表情、そこにたたずむヤン・フス像のむなしい風情は相変わらずではある。だがそこに前回のようにたがが外れたような喧噪はなく、むしろ町のたたずまいにふさわしい落ち着きを感じさせる。いったいあの大騒ぎは、自由化の波に乗りおくれまいというチェコ人の一時のあせりででもあったのだろうか。閑話休題、無愛想な仏頂面をかきあつめたようなこの国で、カフカが不条理な小説「虫」を書いたのは何となく理解できる気がする。だが、いつも憂愁と優しさに満ちて人の心の琴線にふれる音楽を書いた、スメタナ、ドボルザーク、ヨゼフ・スーク、ヤナーチェクなどの作曲家たちも生まれている。この国の人々にどうしても好感を持てないでいる、Opaの不思議のひとつである。
[PR]
Commented by salam2002 at 2009-04-22 00:02
そうなんですか?
無愛想ですか?
チェコ語を少しでも覚えるなんて時間なく出発しそうだし
女2人旅なので、少し不安になりました・・・。
Commented by mizzo301 at 2009-04-22 00:38
表層を軽率に語って不安をあおってしまったかもしれません。ごめんなさい。治安はよいので、女性の旅でも不安を感じることはありません。本当は優しい親切な人々なんだと思います。小生の知らない楽しい旅がきっと生まれると思います。
by mizzo301 | 2009-04-21 19:29 | エッセイ | Comments(2)