Opaの日々雑感


by mizzo301
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千里変貌す

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 千里で飲んで一泊、翌朝あたりが大都会であることに気づいて驚いた。この丘陵が60年代のニュータウンラッシュ、70年の万博を経て半世紀、営々と開発が続けられたことを思えば当然ではある。今やニュータウンはオールドタウンと化し、高層マンションやデパートを縫うように鉄道やバス路線が走る。往来をおしゃれ人士が行き交う。大阪のディープサウス、泉南の旅人にはここはすでにパリかと見まごう外国である。
 60年の昔、叔父の自転車の荷台に乗せられて行った山の畑は今いずこ。豊中から悪路の山坂、田畑や雑木林と竹林をいくつも過ぎて、やっとたどり着いた山の畑では柿がすでに色づいていた。記憶はそれだけであるが、そこは秋色に包まれた深い里山の風景であったにちがいない。ヤマダ(山田)・クマンダ(熊野田)・サクライダニ(櫻井谷)などいくつか集落の名を思い出す。いかにも鄙の地らしく、狐狸や熊がいそうである。千里はそんな里であった。せめて地名は健在であろうか。ほど近い国道171号線は、かつて大名行列が行き交った西国街道である。街道沿いには萱野村、忠孝の狭間で自害して果てた赤穂義士、萱野三平の生地である。茨木近くには大名の宿所、椿本陣があったが今も保存史跡なのであろうか。遠い記憶が次々とよみがえる。
 千里の今昔に思いをはせながら地下鉄を探して歩いた。途中のアーケードによく磨かれた酒屋のウインドウ、見覚えのある老人が戸惑っている。それは都市の変貌より、突然ガラスに映った己の変貌に愕然とする哀れな老人の姿であった。
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by mizzo301 | 2008-07-08 18:47 | エッセイ | Comments(0)