Opaの日々雑感


by mizzo301
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手をお貸しください

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 イオンの駐車場で頭を強打してひと月が過ぎた。顔面が腫れあがって、左目がふさがり右目にも黒いわっかの入ったお岩さんパンダが、いつの間にかふつうのじじいの顔に戻っている。救急病院から帰り、はじめて鏡を見たときはすごかった。写真にとるべきだったのに、当時はそれどころではなかった。強烈にインスタ映えのするポートレイトが撮れたのに惜しいことをした。それ以後、右首から肩、腕が痛くて自由にならない。ひだりの肩は八十肩が未だになおらず、両腕がままならない。整形外科の先生は、左のおでこを強打した衝撃で、首から右肩の筋肉を痛めましたね、痺れがないようだからそのまま後二ヶ月ほどがまんしなさいとおっしゃる。痛みはがまんするしかないが、このままではノートパソコンを開くのもおっくうである。困るのはせっかく処方された湿布薬を、ひとりではどうしても貼れないことである。ドンに頼むにも、彼はそこまで器用でない。こんなことなら、猿をペットにしてしつけておけばよかったのかもしれない。阿修羅どの、今はあなたがうらやましい。
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# by mizzo301 | 2017-12-10 14:55 | エッセイ | Comments(0)

親切が身にしみた日

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 日曜日、イオンのうす暗い駐車場で車止めに足をとられ、顔面から勢いよくたたきつけられるように転倒した。左目の上あたりに激痛があり、地面のコンクリートに押しつけられた鼻先がぬらぬらする。すっかり気が動てんして、そのまま動くことも出来ない。破砕してとんだ眼鏡が見える。大丈夫ですかと大きな声がきこえて、ひとりの男性がかけ寄ってOpaをかかえて引き起こしてくださった。頭を強く打ちましたね、動いちゃだめですよとおっしゃって車いすをさがしにいかれる。そこへ奥様もかけ寄られ、ティッシュペーパーで顔中の血をていねいにふいてくださった。やがてご主人がOpaを車いすに乗せて、エレベーターで階下までつれて降りて、近くにいたイオンの男性に応急手当を頼んでくださった。この若いご夫妻が居てくださらなかったら、Opaは倒れたままいつまでも血だまりに鼻をこすりつけていたことだろう。行きずりのおいぼれに、ほんとうに親切にしてくださったご夫妻に心から御礼申し上げます。イオンの人たちも親切だった。頭を強打しているから、念のためにCTなどの診察をうけるようにすすめられ、車に残したドンはご心配なくといって、Opaのキーをあずかってくださる。すぐに救急車で病院に搬送、傷の消毒とCT撮影、所見で目の奥に小さな骨折があるようとの診断をうけてそのまま解放された。タクシーでイオンにもどり、ドンに顔の傷をなめられながらのろのろ運転をして帰宅する。洗面所で鏡を見た。顔の左半分が赤黒く腫れ上がり、左目は見えない。だれかにボコボコにされたような顔で当惑するOpaがいる。なによりこの日曜日は、人々の親切が深く身にしみる一日であった。
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# by mizzo301 | 2017-11-15 17:51 | エッセイ | Comments(6)

鉄橋かん没

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 台風21号の大雨で南海電車の男里川鉄橋が陥没してしまった。車で15分ほどのその場所を、ドンをつれて見に行った。橋梁の一部が1メートルほど川底にむかってたわんでいる。電車は不通、通勤通学の人々は2時間待ちとかの代替バス利用で難儀しているらしい。Opaもやむなく大阪市内での約束をひとつキャンセルせざるをえなかった。復旧にはひと月以上もかかりそうだという。今朝のニュースでは復旧を待たず、週明けにも無事だった上り線で単線運転をはじめるという。新聞によると陥没した下り線は大正7年に建設された橋梁、運行を再開するという上り線はそれより古く、明治30年の鉄橋だそうだ。なにせ日本最古の私鉄である。ネットで歴史を追ってみた。明治17年に大阪・堺間で開業、以来徐々に路線をのばし、明治36年に和歌山までの全線を開通させている。くだんの鉄橋が開通した明治30年といえば、日露戦役の6年も前である。まるで骨董品のような鉄橋である。白砂青松の自然海岸にそって泉州路をひた走る小さなSL列車が当時すでにあったのである。開業時6歳だった堺生まれの与謝野晶子女史も、その汽車ポッポで大阪などへおでかけしたのかなあ。
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# by mizzo301 | 2017-10-29 16:31 | エッセイ | Comments(0)

バロック音楽はいかが

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 バロックヴァイオリンの名手、サイモン・スタンディジと日本古楽アカデミーの演奏を二夜にわたって聴いた。一夜は中之島の公会堂そして宝塚のベガホールである。中之島での演奏は、盛況だった昨年につづいて二度目である。今年もほぼ満席、バロック音楽の愛好家って結構大勢いるんですね。去年もそうだったけど、スタンディジさんと古楽アカデミーはとても相性がよさそうだ。彼の名演が突出するでもなく、全体がバランスよくのびやかで品のいい演奏を聴かせてくれる。つい心地よくなって引き込まれてしまう。編成を小さくしたベガホールでの演奏もよかった。なかでもスタンディジさんがハープシコードと演奏したヘンデルのソナタにOpaは聞き惚れた。この曲を生のバロックヴァイオリンで聴くのははじめてである。さりげなく典雅の世界へ聴衆をいざなう、さすがである。日本古楽アカデミーはバロック音楽専門の演奏団体である。いずれも日本国内外で豊かな古楽器演奏歴をもつ奏者たちが、バロックの名曲を身近な音楽として聴かせてくれる。さて今回一連のコンサートを終えたスタンディジさんはすっかり大阪がお気に入りで、古楽アカデミーのメンバーに、おれはまた来るぜバイバイと言い残し、台風であやぶまれた帰途の飛行機に無事飛び乗ってロンドンに帰って行かれたという。
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# by mizzo301 | 2017-10-25 17:59 | エッセイ | Comments(0)
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 泉州南部にこんなに雨が続くのもめずらしい。三、四日も降り止まない。困るのは朝夕のドンの散歩である。雨が降ろうが槍が降ろうが、歩かないとウンチが出ない。片意地なウンチである。ゆえにいぬ人ともに雨合羽をまとい、雨中を行く。バス停脇では咲き終わるコスモスも無情の雨にうちしおれている。ウンチ出ろ出ろと念じながら歩く、これは雨の日にOpaに課せられた一番の難行である。ところが先週末は、それが出過ぎて困った。ある夕方の散歩で、突然の軟便である。時々あることなのでそのときはあまり気にとめなかった。だが始末には非常に困る。普段のようにつまめないから、ティッシュで道路を拭いて、ペットボトルの水を流す。それでも痕跡は残る。後は雨を待つばかりである。帰って夕食のドッグフードに、ビオフェルミンを一錠ひそませる。いつもはそれで翌日にはよくなる。ところが今回はそうはいかなかった。ドンの下痢が四日間も続いたのである。日に何度もそばに来て、せつない目でOpaを見上げる。外に出してほしいのである。ガラス戸を開けると飛び出して、庭のどこかに排便をして、すぐに戻る。そのたびに足とよごれたお尻をふいてやる。夜中にもガラス戸のブラインドをガタガタとゆすって何度もOpaを起こす。そのたびにぞうきんをしぼり、お尻と足を拭く。お尻はすでに赤くただれていたいたしい。三日三晩そのくり返し、Opaはすっかり睡眠不足になってしまった。ある明け方、ドンがとんとんと2階から降りる音で目が覚めた。さてはと上がってみると、畳に何カ所もやわらかウンチがある。きっと夜中、外に出しての合図に気づいてやれなかったのである、すまん。ま、いぬと暮らすってこういうことなんですね。
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# by mizzo301 | 2017-10-17 19:19 | エッセイ | Comments(0)

キンダーブック

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 隣町に大学の先輩を訪ねた。最近姉上を亡くされたばかりである。遺品のひとつだというキンダーブック復刻版を見せられた。それは思いがけないOpaとキンダーブックの70数年をへた再会であった。幼時の記憶がおぼろげによみがえる。父は戦地にあって母と二人の家にたしかに何冊かのキンダーブックがあった。それは幼いOpaが母に読み聞かせをねだる絵本であった。戦中とはいえ未だ空襲の記憶はない、母とふたりの平穏な暮らしである。やがて4年の兵役を終えた父が帰還した。結婚後ほどなく出征して、その間にOpaが生まれている。父子ともになじめない不幸な出会いであった。幼いOpaがなにかをしくじると、部屋の隅にぶっ飛ばされるびんたがとんだ。母が止めるのもきかず、鼻血を流して泣くOpaに容赦なくさらにびんたをくれる人であった。母とキンダーブックの甘い日々は失われ、父の恐ろしさにおびえる毎日である。現代ならまさに幼児虐待である。そのころ激しくなりだした空襲の恐怖も加わって、幼時のOpaは苛烈な戦時体験を味わっていたのであった。
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# by mizzo301 | 2017-09-25 23:04 | エッセイ | Comments(2)

馬肉のステーキ

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 千葉に住む娘たちが、うまいイタリアンの店があると帰阪のたびにいう。食い意地は腰痛よりつよし、そのうまいとやらいう店をこの目で、いやこの口で確かめてやろうではないか。Opaは関空を飛びたった。八月初めのことである。店には二晩の予約を娘に頼んだ。一夜は肉、一夜は魚である。肉の日のメインは馬肉のステーキであった。脂身のない肉のソテである。馬だけにうまい。信州のスキー宿で食った馬刺しを思い出す。宿の主が大酒家で、毎晩馬刺しで酒盛りをした。生食である。これがうまかった。タルタルステーキも本来は馬肉だという。馬は生食があうのかもしれない。その前に出たトリッパがまたうまかった。牛の胃袋、焼き肉屋でいうセンマイの煮込みである。むかしフィレンツェの市場前の食堂で、女主人のお薦めがこれだった。トマト風味でうまかったのを覚えている。二日目の魚はメインがシタビラメ、ソースたっぷりのムニエルであった。美味しかったが残念ながら、これよりはるかにうまいシタビラメのムニエルを、かつてOpaは毎週食っていた。結婚をひかえて阿倍野の調理教室で学んだという、亡き連れあいのムニエルは、からりとした仕上がりでほんとうにうまかった。
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# by mizzo301 | 2017-08-23 16:04 | エッセイ | Comments(2)

ひまわり

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 Tさんは三ヶ月ごとにOpaを訪ねてくださるケアマネージャーさんである。やさしく親身になってお世話をしていただいてすでに四年になる。来訪時にはOpaの脚腰の具合を気遣いながら、よもやまの話しにもよく耳をかたむけてくださる。音楽好きの人でもあるからつい話しがはずむ。ふだん人と話す機会がないOpaにとって、彼女の来訪は人と日本語で語りあえる数少ない機会である。今回の来訪時には、ひまわりとミントの花をたずさえてくださった。ありがとう!善は急げ、すぐさま空き瓶に水を入れて無造作に差して壁ぎわにおいた。人の哄笑にも似た明るい花である。まことにゴッホだなあと思った。ところが翌朝、ゴッホの元気がない。花茎をU字に曲げて花がすっかりうなだれている。あかんがな!Opaおおあわて、花をひき抜いてほとんどの葉をむしりとる。たっぷりの水で水切りをして、新鮮な水に差しなおした。およそ一時間ほどで、なんとゴッホは快復し始めた。首筋をのばして再びけらけらと笑い始めたのである。水切りってすごい!人間にも効くかなあ。まさか水中で足を切るわけにはいかない。爪でも切って試してみるか。
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# by mizzo301 | 2017-08-12 16:05 | エッセイ | Comments(2)
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 八月の初頭、灼熱の大阪とちがって東京は意外に涼しかった。案内をたのむはずの娘に思いがけない事故があって、Opa久しぶりにひとり東京見物となった。とはいうものの頼りない足腰、長くは歩けない。ホテルの真下にある駅から東京まで電車でおよそ30分、今回の二日間2往復の車内ではさいわい空席にありついた。まずは予定していた、東京ステーションギャラリーで、不染鉄のどこか飄逸の日本画を堪能する。会場には何カ所もいすが置かれていて、鑑賞は楽ちんで大いに助かった。翌日は予定外の美術館巡りである。日本橋の三井記念美術館で「地獄絵ワンダーランド」、源信の往生要集が説く地獄極楽を元に描かれた、おどろおどろしい地獄絵の数々を見る。会場にいすを求めながらちょっと退屈。タクシーで上野へ。西洋美術館でアルチンボルドの奇っ怪な寄せ絵を見る。こちらはかつてウイーンでもお目にかかっている。常設展も見たかったが、足腰がもうあかん。さしたる感慨もなく、ペットボトルのお茶を買って公園の一隅に腰をおろす。鳩や雀が足下の水たまりに寄ってくる。はた目には孤独な老人ってところかな。ひとり椅子取りゲームのような美術館巡りは終わった。今夜は娘夫婦の招待で、船橋のイタリア料理店が待っている。花より男子、いや団子である。
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# by mizzo301 | 2017-08-10 12:05 | エッセイ | Comments(0)

ドンの肖像

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 あすからの四日間、Opaは娘のいる千葉へ出かける。その間、いつものトリマーさんにドンをあずけるお願いをしていたのだが、それを知ったSARAが、わたしがあずかりたいといって迎えに来てくれた。SARAは6年生の女児、Opaの妹の孫娘である。ドンが好きでよくめんどうを見てくれるから安心ではある。ただ、早くドンにあいたいばかりに、Opaの出発より三日も早く連れ帰ってくれた。その間、家でOpaひとりである。朝の散歩に出ると、ドンチャンは・・?と、あう人ごとにきかれる。そのたびにかくかくしかじかと応えんならん。面倒くさい、散歩はやーめた!それにしても、ドンのいない家は殺風景である。家中にドンがしみこんでいるのに、本人がいない。旅に出れば気がまぎれるのだが、それまでのほんの二三日が物足りない。SARAは油彩画を習っている。この春、求めに応じてドンの写真をおくったら、さっそく油絵に仕上げてくれた。心なしか憂い顔のドンの肖像である。
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# by mizzo301 | 2017-07-30 17:35 | エッセイ | Comments(0)

His Master's Noise

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 ドンとOpaの陶人形ができあがりましたと、八ヶ岳の高原に工房をかまえる佐々木ようこさんからメールがあった。ほどなくしてずしりと重い宅配便が届く。中からドンが二頭、ヴァイオリンをかまえるOpaがあらわれた。帽子をかぶっているのは、はげ頭を見せないようにという、作家さんのお心遣いであろうか。いつもながらにようこさん特有のユーモアがただよう。人形に託されたカリカチュアといおうか、ドンとOpaの分身誕生である。おまけにドンは、どこかで細胞分裂をしたようで二頭にふえている。お礼の電話をかけた。ビクターの犬をちょっとイメージしましたと、ようこさんがおっしゃる。ビクターの商標で、蓄音機から聞こえる亡き主人の声に、耳をかたむけて聞き入る犬のことである。この商標、His Master's Voiceは、ニッパーという名で実在した犬の、涙をさそうエピソードから生まれたそうである。こちらはビクターとちがって、主人は末期高齢者ながらどっこい生きている。おまけに下手なヴァイオリンでドンには迷惑をかけている。この陶人形に名を付けるなら、His Master's Noiseしかない。
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# by mizzo301 | 2017-07-24 16:06 | エッセイ | Comments(0)

となりのお庭番

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 法事で四国へ帰省する燐家の主から、庭の留守番をたのまれた。植木や花のプランター、キュウリ、トマトなど菜園の水やりであるが、今回はその上大事な仕事をひとつあずかった。二つの水槽で育てているランチュウの稚魚40尾に餌を与えてといって、冷凍の赤虫の小箱をわたされた。朝から夕方までそれをひとかけずつ、日に四度あたえるようにとの厳命である。なんでも高価な金魚の子どもらしい。責任重大である。今朝からさっそく、留守宅の庭へしのびこみ、くだんの水槽をのぞく。なんだ、ランチュウといっても2、3センチの黒い小魚である。赤虫の冷凍をひとかけほうり込むと、わっとそれにむらがる。ちびのくせにまるでピラニアである。主の言によると、今は黒いが育つうちにそれはきれいな金魚になるという。年頃になって色気づくのを待つということらしい。とにかく朝食は召し上がっていただいた。ちょっとほっとする。あと三食、それを三日間のアルバイトである。あとの水やりはいい加減にすませ、菜園のトマトを三個ちょろまかして帰った。行きがけの駄賃である。
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# by mizzo301 | 2017-07-20 18:55 | エッセイ | Comments(0)

めだかの学校ふたたび

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 昨春、手塩にかけた金魚をなくした痛手は大きかった。でも魚のいない水槽の濾過ポンプは止めなかった。せめて水音だけでも聴いていたかった。もう魚は飼わぬと決めていた。だがOpaここにきてあっさりと心変わり、ふたたびめだかを飼い始めた。ひとつは蚊の対策、それよりやはり水槽に魚がいないのはさびしい。めだかなら金魚ほどに目立たない。アライグマか野良猫か、思わぬ狼藉者の目にとまらりにくかろうと考えた。前は孵化から育てたが、今度はホームセンターで成魚を買って入れた。およそひと月が過ぎた。今朝、いつものように水槽をのぞくと、小さなチリのようなものが動きまわっている。よくよく見ると、なんとめだかの稚魚が動きまわっている。入れたのはわずかに十尾の成魚である。それが飼い主の知らぬ間に、水草のかげで合コンなどをしたのであろう。はやくも出産とは、隅に置けない連中である。稚魚を別の容器に隔離する。急がないと親たちに食われてしまう。人の社会は少子化で、廃校になる小学校もあると聞く。だが当めだかの学校はこれで安泰である。教育方針はとくにない。みんな健やかに育ってくれればそれでよい。
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# by mizzo301 | 2017-07-02 12:34 | エッセイ | Comments(2)

あじさい

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 梅雨入りと聞いて十日あまり、さわやかな好天が続く。ドンの散歩にはありがたいが、庭のあじさいには水が足りない。梅雨にしとど濡れそぼり、顔を寄せあうように咲くあじさいの風情を今年は一度も見ていない。それどころか、その根株にホースでたっぷりと水をやるのが、Opa朝一番の仕事になっている。水が足りないと、あじさいはすぐにうなだれる。娘たちが小学生のころ、母親が切り花にして学校へもたせてやっていた。以来40年以上も毎年同じ場所に咲く老あじさいである。我が家は老人と老犬が暮らし、庭の花にまで老のつく老朽住居である。十年あまり前、鉢植えでさまざまなあじさいを咲かせるお宅が近所にあった。Opaよりは若いかとお見受けするご夫婦が、二十以上はありそうな鉢の手入れにいそしむ姿を、ドンの散歩の折にいつもお見かけした。この季節、その庭は色とりどりのあじさいでほんとうにきれいであった。ある朝、見事ですねと、思わず声をかけた。するとご主人が、親しい間柄でもないOpaに、どれかひとつお持ちなさいと紫の一鉢をくださった。それからしばらくして、ご夫人が急逝された。ご主人の失意は察するにあまりある。もはや庭のあじさいたちに水をくれる人はいなくなり、ついに枯れはてたらしい。いまも毎朝通りかかるその庭は、花の鉢はすっかり片付けられて昔日の面影はない。当時いただいた一鉢がOpaの庭で毎年ひとり花開くのをみるたびに、かつてのあじさいの庭を思い出す。


仲間と咲きあったありし日を偲んでいるようにみえる。
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# by mizzo301 | 2017-06-19 15:16 | エッセイ | Comments(0)

アスパラガス

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 北海道からどーんとアスパラガスが届いた。さる人のご好意で、このところ毎年送ってくださる。およそ2キロと大量である。北海道がまるごとやって来たような気分がしてうれしい。普段はさっと茹でてマヨネーズで食うだけだが、この分量、それだけではもったいない。クックパッドからアスパラガスの簡単なレシピを選んでいくつか印刷してみた。それにしても一人で食べきれる分量ではない。ご近所へのおすそ分けが頭をかすめる。せっかくもらったのに惜しいなあ。こんなにあるのにけちん坊なOpaである。先日枇杷をいただいたWさん、時折めずらしい豆腐や練り物をいただくKさん、徳島の実家からですといって地卵などをくださる燐家のMさんなどが脳裏にうかぶ。その他にも二軒ばかりの候補がある。いただくばかりでは面目ない。だけどそんなに配ったら残り少なくなるではないか。まさか一本ずつ配るわけにもいかない。けちけちと小さな束を五つこしらえた。夕方ドンと散歩をしながら、気前よく配ることにしよう。ケチなOpaの決断である。
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# by mizzo301 | 2017-06-14 18:50 | エッセイ | Comments(0)
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 ドンのお気に入りは小さなタコのぬいぐるみである。ドンを買ったときに同じペットショップで手に入れた。あれから九年の歳月、タコにとっては思いもよらぬ苦難の連続である。日がな子犬の唾液にまみれ、するどい歯にかみつかれて振り回される。ときにはOpaに洗濯機にほうりこまれ、回転する洗濯槽にへばりついて失神する。災難はドンが子犬のあいだだけではすまなかった。タコという単語をしっかりと記憶したドンは、成長と共にますますタコに愛着を深め、この好かんタコとばかりに、くわえてころげ回り放り投げる。ついにある日、Opaの知らぬ間にその顔面を食い破り、中綿をすべてひきずりだしてしまった。はらわたを抜かれ、床にぺたんと張り付いたタコを見たときはOpaも驚いた。それでも、タコをもっておいでと命じると、その赤いぼろ布をくわえてOpaに差しだす。ドンのタコ愛は本物だと思った。その記憶は大切にしてやりたい。だがそのタコは、今や赤いぼろの切れ端である。ペットショップやおもちゃ売り場、百円ショップなどをこまめにのぞいたがそう都合よく同じものは見つからない。漁港の市場で本物の蛸は簡単に手にはいるが、ゆで蛸をまさか家にころがしておく訳にもいかない。手段はひとつ、補修である。百均の手芸品売り場で中綿を買う。それを抜け殻にしっかりとつめる。連れあいの残した針箱をとりだし、タコの顔面を縫合する。施術の結果、左目は失明のままに、フランケンシュタインのように蘇生した。苦労をかけるが、これからもドンをよろしく。なにも知らずに昼寝をしているドンのおもちゃ箱に、そっと竹馬のタコをおいた。
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# by mizzo301 | 2017-05-31 18:27 | エッセイ | Comments(0)

初夏の庭仕事

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 庭のアマリリスたちが開化にそなえて花茎をのばす。その一方で、11月に植えた花たちがいよいよ役目をおえる。ひときわよく咲いたデイジーやガーデンシクラメンはすっかり花を枯らした。入梅までに植え替えをしておきたい。シクラメンは来年に期待してひとつのプランターにまとめうつす。ついこの間まで日当たりのよいガラス戸の内側でちやほやされていたシクラメンも、同じところに置かれて呆然としている。あとは名残惜しげなパンジー、いまだ無邪気に笑っているビオラなどを引きむしるように抜く。公園で終焉を迎えているビオラたちを、みんなで最期までいたわりましょうという、さる人のブログ記事を拝読したあとである。残酷だなあとじじいの心も少しはうずく。でも卒業してもらわないと新入生が入れない理屈である。鉢やプランターの土をOpa我流にあたらしくして、すでに近所のホームセンターで買っておいた、マリーゴールドやサルビア、ペチュニアやたちの苗を植える。人の都合のよいように花を楽しむなんて、いきなり引っこ抜かれる植物たちにはハナハナ迷惑にちがいない。近所のYさんなどは、ゼラニュームやベゴニアなど多年草を庭いっぱいに咲かせて、植えかえの手間をはぶいて楽しんでおられる。そんな手もあったんだ。とにかく後は梅雨入りを待つばかりである。
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# by mizzo301 | 2017-05-28 23:50 | エッセイ | Comments(0)

清掃美化の日

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 左の肩が痛くてヴァイオリンをかまえることができない。八十肩か、 それをいいことに練習はご無沙汰である。両目がしょぼしょぼして、目やにがたまる。朝一番に鼻をかむと、びっくりするほどでかい鼻くそが飛び出す。きたない老人になってしまった。前の日曜は、市内一斉清掃美化の日であった。市民総出など大都市にはありえない、地方の小さな市町ならではの行事である。あさ9時、目をしょぼつかせ、つらい足腰をはげまし、竹箒にすがっておもてへ出た。すでに近所のみなさんが軍手にゴム長姿で、側溝のヘドロをかきあげ、熱心に空き地の雑草を刈りとっている。Opaも自分ちの前の側溝のふたを持ち上げたがあがらない。隣家の旦那がとんできて、わたしがやります、Opaさんは休んでいなさいという。いやいやそんなわけには、などと口先だけいうておく。ずるい老人である。そこいら中やたら竹箒をつかうふりをしている間に、かきあげられたヘドロは土嚢になり、雑草はビニールの大袋につめられている。そこへ近所の元気なお兄さんの台車が来て、それらを集積場へ運んでくれた。近所が和気あいあいの共同作業は親睦にもつながる。男性たちは道具類をもって早々に引きあげる。女性たちはそのまま道ばたにたむろして、おしゃべりを楽しんでいる。Opaさんもずいぶんよぼよぼになりましたねオホホ、なんていうているのだ。かくもうるわしき隣人愛のおかげで、KZ老人(きたない・ずるい)の清掃美化の日は無事に終了したのだった。
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# by mizzo301 | 2017-05-24 16:46 | エッセイ | Comments(1)

わが友テレビ

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 三月には給湯器が突然こわれて、リビングの床暖房、浴室の暖房、乾燥器がストップ、肝心の浴槽に湯が出ない。春先に寒い思いをした。13年もお使いですから、寿命ですねと業者がいう。仕方なく大枚をはたいた矢先に、今度はテレビがくたばった。2007年に買って10年になる。これも寿命か。ひとり暮らしのOpaには、ドンとテレビが話し相手である。ドンにはOpaが話しかける。Opaにはテレビが語りかける。どちらも一方通行の日本語会話である。テレビがいないと友をひとり欠いたようでさびしい。すっかりテレビっ子である。さっそく家電量販店に出かけた。なにっ、4Kテレビってなんだ。キツイ、キタナイ、キケンにもう一つKってなんだ。そんなテレビほしくないなあと思ったが、いまはこれが主流ですと店員がいう。解説を聞いたがよくわからん。Opaあほですねん。ただ、劣悪な労働環境の3Kとは無縁であるらしい。翌日納入、ドンとテレビ、話し相手と話され相手がそろった。今宵も焼酎の湯割りがうまい。
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# by mizzo301 | 2017-05-04 22:46 | エッセイ | Comments(2)

鈴懸の径

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 コデマリの花影で犬待ち顔のドンである。近所に住むガールフレンド、同じプードルのチョコちゃんが夕方の散歩で通るのを待ちわびている。やがて彼女がくると、お互いに顔を寄せあって何事かを語り合う。そのうちになぜかチョコちゃんが歯をむきだしてドンを威嚇、飼い主さんにひかれてすたすたと去っていく。春の夕まぐれに毎日くりかえされる風景である。コデマリの花影に取りのこされたドンのつぶやきが聞こえる。女心はわからん。それはOpaにもわからん。さてコデマリ、その別名がスズカケであると、ウィキペディアで初めて知った。鈴木章治のジャズクラリネットで聴く、あの鈴懸の径のスズカケである。まさか我が家に古くからある花だとは知らなかった。もとの曲は3拍子のワルツ、戦中の昭和17年に生まれた歌謡曲であるが、歌に戦時色はない。作曲者の母校、立教大学のキャンパスに、楽想を得たという鈴懸の径が現存、歌碑もあるそうだ。友と語らん鈴懸の径、通い慣れたる学舎の街、やさしの小鈴、葉影に鳴れば、夢は帰るよ鈴懸の径。学業、志なかばで戦場に送られた学徒動員の若者たちに愛唱されたという。
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# by mizzo301 | 2017-04-27 22:58 | エッセイ | Comments(0)

モッコウバラの咲く季節

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 ガレージの屋根にモッコウバラが咲き始めた。この花を見ると連れあいが逝き、ドンの首っ玉を抱いてうずくまっていたいく日かがよみがえる。これではいけないという自覚がありながら、身も心も重く沈んでうごけない日々であった。さすがにいつまでもそうはしておれない。ようやく空元気を得て立ち上がり、気分転換のためにと、2階の寝室を階下に移し、キチンのガスコンロを買い換え、ドンと車で近郊をめぐり、新しいフライパンを買い、カラオケの装置を手に入れ、秋には船旅にも出た。こっけいなほどにじたばたした。だがそんなことで心底いやされることはないのだとわかった時、不思議と気持ちが落ち着いた。待つほかないというさとりを得た気がした。あれから六年、過ぎゆく光陰にいやされてなお、毎年おとずれる感傷の季節である。
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# by mizzo301 | 2017-04-20 17:38 | エッセイ | Comments(0)

非情城市いずこ

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 九份の街は、戦後の台湾をおそった苦難を淡々と描いた映画、非情城市の舞台である。作中、料理店を営む一族が、店の前で記念写真をとる場面があった。Opaの脳裏に染みついたその場所が、今はどんなたたずまいなのかを見たかった。着いたのは夕暮れ時、狭い坂道と階段の街を無数の紅灯がいろどるころ合いである。ところが予想以上の人の波に押し流されるばかり、ついにはある階段の通りでその流れもぴたりと止まり、さらにうしろから人が押し寄せる。前方の様子がかいもくわからない不安、一抹の恐怖すらおぼえる。立錐の余地もない人いきれの中で、杖にすがるOpaの足腰に限界が近づく。もうロケ地見学どころではない。這々の体で人をかきわけ、引き返す。いさぎよくOpa一族退却である。ようやくひどい人混みをぬけ出して、ちょうど目の前にあった古めかしい茶館に入る。外の喧噪をよそに、落ち着いたその店内の雰囲気には心底ほっとした。眼下に港の夜景を見はるかすテラスに腰をおろし、店の人にすすめられた烏龍茶はうまかった。おかげで目的半ばとはいえ、心おだやかに車上の人となり、この後の晩餐のメニューや酒をあれこれ思いながら台北へと向かうのだった。
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# by mizzo301 | 2017-04-14 18:06 | エッセイ | Comments(0)

十份で天灯をあげる

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 台北から車で一時間あまり、願いごとを書いたランタンをとばす天灯上げで知られる町、十份をたずねた。夜空に色とりどりの無数のランタンが浮かぶ幻想的な光景をテレビで見たことがある。来てみれば線路にそってのびる老街に、人があふれている。天灯上げにやって来た観光客である。まだ明るくてテレビの幻想はないが、それでも大賑わい。紙製の熱気球に思い思いの願いを書き、灯をいれて空に放つ。それを鉄道線路の上でやるのだ。時々列車が徐行しながら通る。そのときだけ線路脇にしりぞき、すぐまた線路は人であふれる。町と鉄道で何らかの了解があるのであろう。かたぶつ国、日本ではありえない光景である。Opaも、娘や孫たちがランタンに墨でなにやら書き込んでいる、それを杖にすがって眺めていると、店の人が流ちょうな日本語で、オジイチャン、ドウゾと椅子をすすめてくれた。Opaも流ちょうな台湾語でシェーシェーとこたえて、自分の健康と長寿が、異国の山並みにふわふわと飛び去るのを見送ったのだった。
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# by mizzo301 | 2017-04-10 22:51 | エッセイ | Comments(1)

台北は美味しい

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 この台北行でOpaの注文はみっつ。ひとつ、歩くのは絶対にいやだ、ふたつ、必ずうまい酒とうまいものを食わせろ、みっつ、但し小籠包の有名店、鼎泰豊は落ち着かないからいやだ、である。連れて行ってやろうというのに、わがままなじじいである。娘夫妻はかげでは罵りながらも、早くからガイドブックおよびインターネットで旅情報を検討、どの店がうまいか精査してくれたらしい。熟読でぐしゃぐしゃのガイドブックを片手に、Opaをタクシーに押しこんで案内されたどの店もうまかった。小籠包ばかりでなく、肉料理や野菜の点心がみんなうまい。なかでも最初の店で食った、茶の入った小籠包はめずらしいと思った。箸でレンゲにとってつぶすと、グリーンのスープからかすかにお茶がにおって、食べるとお茶の味がする、うまし。てなことで、三泊の滞在中は飲茶の店三軒をめぐり、有名店のひしめく台北駅のフードコートを何度もおとずれ、夜市では牡蠣の鉄板焼きでビールをあおり、ホテルの豪華なバイキングを毎朝たいらげ、食は台北にありを実感して、7人のぶたは帰国したのだった。
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# by mizzo301 | 2017-04-05 17:45 | エッセイ | Comments(4)

ニーハオ台北

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 携帯用の椅子と杖をたよりに、台北をおとずれた。三月の末のことである。老Opaをよろこばせてやろうという娘たちの誘いである。うれしいではないか。姉むすめ夫婦と大きな孫ふたり、Opaの五人がやがやと飛行機に乗り込む。妹むすめ夫婦も別便でおくれてくることになっている。総勢7人現地集合である。台北は近い。機内食のお昼ご飯にワインを一杯、オシッコ一回の距離である。うつらうつらしていると、今さら眠るなとばかりにどっすんと着陸した。もはや小籠包は近い。
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# by mizzo301 | 2017-04-04 23:49 | エッセイ | Comments(0)

通い猫

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 お天気がよいと必ず訪ねてくる猫がいる。静かにやって来て、ガラス戸の外からOpaに一瞥をくれると、そのままガレージの屋根をおおう冬枯れのモッコウバラのしげみにしゃがみ込む。いつも同じ場所に何時間もいる。よく見てやろうとガラス戸に近づくと、しっかりと目があう。文句でもあるのかといわんばかりに、決して目をそらそうとしない。たじたじとOpaが退散すると、またその場にまどろむ。ドンが気づいてほえたてても、動じない。ガラス戸で隔てられている間は大丈夫とわかっているのだ。実は彼女が雌猫であることをOpaは知っている。昨秋のある日、子猫をくわえて裏のブロック塀を移動する姿を目撃したことがある。どう子離れしたのか知らないが、もとよりホームレスのノラ子である。食べ物はどうしているのか、どこで雨露をしのいでいるのか訊いてやりたいが、そうすればさらに情がうつるだろう。モッコウバラのしとねはいつでもどうぞ。でも飼ってはもらえぬ、気の毒な境遇ではある。一方、貴志駅長ニタマ女史の悠然とした日常に思いをはせると、猫たちも激しい格差社会に生きていることがわかる。
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# by mizzo301 | 2017-03-15 22:02 | エッセイ | Comments(2)

晩秋のひと仕事

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 春の陽気を思わせる日がつづいたかと思えば、突然冬に逆戻りの朝もある。春は名のみの風の寒さや・・、 このところの天候は、早春賦に歌われるとおりの気まぐれである。そんな中、プランターや鉢植えの花たちは、そんなことにはまるで気づかぬふりで、実にけなげに咲いてくれる。昨年の秋もおそくに、近所のホームセンターで、苗を買って植えた花たちである。痛い足腰をなだめながら、鉢とプランターの古い土を掘り返し、腐葉土とあたらしい赤玉土、ほんのひとつまみの肥料を混ぜ返す。Opa我流の土作りである。買った苗を植えて作業は終わる。毎年恒例のOpa晩秋のひと仕事である。連れあいが健在のころは、十以上もの鉢やプランターに植えたのを、ひとりになって大幅に削減をした。それでも脚腰の痛い今のOpaには、ちょっとした過重労働である。でも、パンジー、ビオラ、デイジー、シクラメンなどが春先に咲きこぼれるさまを思うと、さあ、今年も植えなくちゃとホームセンターで苗をえらんでいる。そして春、ことしもまるで約束を果たすかのように、花たちは咲いてくれている。Opaもいまや晩秋の人生を生きている。、そのひと仕事の定年はいつ来るのだろう。
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# by mizzo301 | 2017-03-09 21:58 | エッセイ | Comments(0)

大根を食う

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 ドンの朝の散歩でいつも通る畑から、Wさんの奥様が声をかけてくださった。大根をお持ちなさいなと、足下から二本をぬいてくださる。それにサラダ菜もひと株いただく。左手にドンのリードとうんち袋、右手に土つき大根二本と菜っ葉、持ちにくいが欲にからめて持ち帰る。Wさんちの精魂を込められた畑は野菜ばかりでなく、枇杷、無花果、キンカン、レモン、柿、柚子などがよく育つ。白梅の根方に蕗のとうが芽吹き、春秋に彼岸花が咲く。住宅地にありながら、まるで鄙びた里の風情を思わせるすてきな一画である。おまけに季節の収穫物を、必ずOpaに届けてくださる。まさに兼好法師のいう、ものくるるよき友である。さて大根、さっそく煮ることにした。近くのローソン+で厚揚げを買う。なにと煮てもうまい大根だが、Opaは揚げと煮るのが好きである。一本をすこすこと輪切りにして隠し包丁をいれる。あとは薄味でことこと煮るだけ。小ぶりとはいえ一本を一晩では食べきれない。三日三晩は大根である。火をいれるほどに味がしみる。消化がよい。どんなに食べてもあたらない。大根役者の所以である。
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# by mizzo301 | 2017-03-06 17:43 | エッセイ | Comments(0)

胃カメラそれから

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 医院の待合室の朝である。胃カメラの結果を待つ間、まるで入試の合否をまつ受験生みたいに、Opaの心臓はどきどきしていた。診察室に入るや、モニターにはすでになまなましい胃の画像が眼に飛び込む。絶体絶命!そのとき、大丈夫でしたよと、気の抜けたような神の声、ああよかったとOpaには気の抜けたような安堵感。お医者が神様になられた瞬間であった。さっそく車で待つドンに報告、それは良かったねと口をぺろりとなめてくれた。三月にはそのドンも9歳、まさに老境に入らんとす。Opaもまた齢ひとつをかさねる。犬と人の老老介護ってどうなるのかなあ。
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# by mizzo301 | 2017-02-23 23:28 | エッセイ | Comments(2)

胃カメラの朝

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 近くのお医者で胃の内視鏡検査をうけた。Opaの苦手な胃カメラである。覚悟を決めてきたはずなのに、のど元がはげしく拒絶する。マウスピースを砕けんばかりにかみしめ、オエーッ、ギョエーッ。よだれ、涙、鼻水の奔流で抵抗する。そこは手練れの先生、ハイハイなんていいながら容赦なくカメラを押し込む。ここからはガイドつき苦し紛れの洞窟探検である。モニターに見る胃の内部は、いつか見た鍾乳洞に似ている。あれた胃であるのは自分にもわかる。間もなく胃の出口から十二指腸に入ります、とガイドの声。胃の下部から上を見上げたり、胃壁をぐるりと見物したりもする。胃壁のひだを広げるためにと、空気が送りこまれる。とにかく苦しい。あろうことか便意まで感じるが、なにも訴えることができない。先に小さな鉗子のついたワイヤーがするすると送りこまれ、所見のあやしい組織を採取する。鉗子がつまんだ部分を引きはがすのが見える。その瞬間、先生の右手がスナップをきかせているのがわかる。癌の検査に四カ所、ピロリ菌除菌後の培養検査とやらに三カ所、計七回もOpaの胃はむしられた。ようやくカメラが抜かれるや、トイレに直行、力なくガス発射。どうやら胃に送りこまれた空気であるらしい。検査結果は23日だという。バレンタインデーの朝に、Opaはとんだ地獄八景を見たのだった。
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# by mizzo301 | 2017-02-16 22:16 | エッセイ | Comments(1)